薔薇にだってなれる
そっと部屋を覗いてみると、ロゲインは目一杯の力をこめて鎧を磨いていた。鉄板が曲がってしまいそうな勢いに怖気づく。しかし彼の耳が赤いのに気づくとアリスターは安堵した。
まだ怒っているというより、まだ照れているのだろう。普段かなり感情を抑えているだけに一度決壊したときの反動がすごいのだった。
ノックして部屋に入る。彼は手を止めて振り返った。
「アリスターか。どうした?」
「さっきの話なんだけど」
「ま、まだ何かあるのか」
子供みたいに素直に嫌そうな顔をする彼を見てアリスターは可笑しくなった。アノーラにしこたまからかわれたせいもあるが、自分でも照れるような恋人同士のエピソードを子供たちに知られたこと自体が余程恥ずかしかったのだろう。
バラを枯らしてしまう不器用さも含めて、アリスターは彼の愛情表現を素敵だと思った。しかしあの場では言えなかった。なぜなら、アリスターも恥ずかしかったのだ。強く逞しい母と娘の野次に対してロゲインを援護しようものなら自分までからかわれてしまうから。逃げ腰になっているロゲインが面白かったのもあるけれど。
でも本当に、心の底から素敵だと思ったのだ。アノーラにつられて笑っている裏で、本当はもっと詳しい話を聞きたかった。
・
ロゲインはベッドに腰掛けた。促されてアリスターも隣に座る。テーブルの上で紅茶が湯気を立てていた。セリアが淹れてくれたものだろうか。
「そんなにたくさんのバラを枯らしちゃったの? セリアさんがすごく怒ってた?」
「いや、あいつは呆れていただけで怒ってはいなかった。あの時は……私は商人に乗せられたんだ。大量のというか、999本ものバラを、買って帰った」
「きゅっ!?」
999本、という数が容易に想像できずアリスターは両手を広げたり抱きしめる真似をしたりしてその膨大さを考えた。まさしく抱えきれないほど。しかしなぜ999本なのだろう。
「バラの花にはよく愛の意味が与えられる。その商人が言うには、数によっても違うメッセージがあるらしい」
「どんな意味があったの?」
尋ねるとロゲインは目を逸らした。アリスターは彼の膝に乗り上げて無理やり視線を追いかけ、執拗にその数の意味を聞き続けた。ねえどんな意味、ねえねえどんな意味があるの。やがて根負けしたロゲインは溜め息を吐いて、教えてくれた。
「何度生まれ変わっても貴方を愛す」
・
顔を赤くして俯いたアリスターにロゲインも苦笑した。
「お前が照れてどうする」
「だ、だって〜」
アリスターの心にはセリアが育てているバラ園の景色が広がっていた。今や数えることもできないほど増えた花、失われることがない無限の愛の証。それを誰かにあげたいと思えるのは、なんて素晴らしいことだろう。
「でも、俺は999本も持ちきれないかなあ」
愛も恋もまだ知らぬ子供がそんな心配をするものだから、ロゲインは愉快な気持ちでアリスターの頭を撫でた。この子供が誰かを愛したがるのは嬉しいことだった。
「1本のバラには“あなたしかいない”という意味があるそうだよ」
「!」
「伝え方など人それぞれだろう、なんならバラでなくとも構わんさ。まあ正直、私は失敗したな……らしくないことをしたと思う」
全然そうは思わないと首を振るアリスターに、でもこう何年も経ったあとまでからかわれるんだぞとロゲインが愚痴を言い、二人で笑った。
何だっていいと彼は言うが、アリスターにとっては彼らの愛が理想なのだ。いつか、誰か、どのような形でも愛を伝えたい相手ができたら、そのときはきっと想いをバラに託そう。この世で一番うつくしい花に。
愛を守り抜くために傷だらけになったロゲインの手を見つめ、アリスターは秘かな決心をした。