なぜ花でなかったのか



 ロゲインに連れられて町へとやってきた子供たちは、彼の用が終わるまで市場の店を冷やかして遊んでいた。少し離れたところでは子守りに疲れた家宰がぐったりしている。
 せめて目にうつる色だけでも寒さを和らげようというのか、市には冬咲きの花の鉢植えがたくさん並んでいた。アノーラが小さな鉢の前にしゃがみこむとアリスターもその後ろから花を覗く。
「これ、とってもいい匂い」
「果物の匂いだね。おいしそう!」
 えっという顔で振り向いたアノーラに、アリスターも同じ顔で見返した。
「かわいい色ね」
「チーズみたいだ」
「こっちは面白い形だわ」
「カップケーキ!」
「食べもののことばっかりね!?」
 頬をほんのり赤くして照れるアリスターに、あっちのバラの色と同じだと言ってアノーラが微笑んだ。

 とある鉢の前に板が置いてあり花の謳い文句が書かれていた。どうやら夫婦や恋人向けのお互いに贈るための鉢らしくアノーラが瞳を輝かせる。
「二人の間に愛の花を咲かせましょう、だって!」
「うわあああ〜〜〜!!」
「なにそれ、いいとわるいのどっちのうわあ?」
「間をとって恥ずかしいのうわあ〜」
 けらけらと笑い転げる二人を店主の痩せた農夫がにこやかに見守っていた。やんちゃ盛りの子供といえど目の前に居座っている以上はあくまでも客なのだ。
「ねえアリスター、これを父上と母上に贈ったら喜ぶかしら?」
 目をパチパチと瞬かせ、アリスターは花が大好きなセリアとそんな妻が大好きなロゲインのことを考えた。そして大きく頷く。愛の花なんて甘すぎて恥ずかしい言葉もあの夫婦には無理なく似合う。子供たちから二人への贈り物を手渡せばきっと喜んで咲かせてくれるはずだった。

「お父さんたちに贈るのかい。だったらやっぱり、バラだろうねえ。大切な人といやあバラの花だよ」
「でもバラはもういっぱいあるよね」
「うーん」
 店主の言葉に二人して唸る。鉢に並ぶ色とりどりの花はどれも美しいけれど、セリアは自分で丹精している立派な庭を持っているのだ。すでに花をつけた苗を贈るのはなんだか気が引ける。それでも喜んでもらえることは分かっているけれど。
「でもでも、母上はバラが好きだし……」
「お庭にない色にすればいいんじゃない?」
「そうだ、まだ咲いてないお花とか!」
 きょろきょろとようやく本腰をいれて花を探し始めたお客さまを見て、店主は立ち上がり腰を伸ばした。
「家にはどんな色のバラが多いんだい」
「赤と白とピンク!」
「父上ったら同じものばかり買ってくるんだもの」
「それでセリアさんがまた増やすんだ」
「「ねー!」」
 こりゃ両親は苦労していそうだと思いつつも店主は子供たちを眩しそうに見つめた。これだけ伸び伸び育てられているのだ、彼らに売った花も大切にしてくれるだろう。

 店主は未だ咲いていない休眠中の鉢のなかから一際大きなものを持ち出してきた。枝は細いけれども背が高く、豪快好きの二人は期待に胸を膨らませる。
「こんなのはどうかね。夏にちょっと変わった花が咲くんだが」
「どんな色?」
「濃いオレンジというか、なんというか。大きくて派手だからきっとどこに植えるか楽しめるよ」
 今は枯木のように見える鉢植えに想像の花を咲かせようとするけれどぼんやりとしてうまくいかない。オレンジ色ならセリアは庭のどこに配置するだろう? 今年の夏を思い出してみた。
「……南の庭がさびしいよね」
 ぽつりと呟くアリスターにアノーラも頷いた。邸宅の北側と違って南にある中庭は陽が射しにくく、フローズン海からの冷たい風に晒されている。セリアも花を育てるのに苦労していた。他よりも小さめのバラ園にはワインレッドや銅色、真っ白な花がひっそりと咲いていて、それは確かにきれいだけれども冴え渡るような冬の印象ばかりが強すぎる。
「この花は寒さに強いですか?」
「そうだなぁ、暑さ寒さには強い方だよ。陽が当たりすぎるとよくないがね。雨にも少しは耐えられる。華奢に見えて意外と丈夫なんだ」
 子供たちにというよりもどちらかといえば状況を察して財布を手に近づいてきた家宰に向かって、店主が話す。アノーラとアリスターは互いの顔を見合せああでもないこうでもないと相談しあって、背後に立った家宰に「これを買う!!」と満面の笑みで伝えた。
 夏になったら一家の庭に、大輪の明るい花が咲くだろう。子供たちも世話を手伝うつもりだった。マク・ティア家の愛の花は家族四人で咲かせるのだ。



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