既視感を差し出す



 デネリムから南にくだるにつれ空が暗くなってきた。船を降りグワーレンの港に立つと同時に雪が降り始め、ロゲインは天を見上げる。つい先日までは陽気も感じられたというのに、まったく冬がくるのは早いなと息を吐いた。心構えをする間もない。
 邸宅へ向かう通りを一人歩いていると、隅で小さな人影が空を見上げていた。この寒いのに子供一人でと他人事に通り過ぎようとして足を止める。あれは見慣れすぎた顔ではないか。
「何をしてるんだ? 風邪を引くぞ」
 いきなり声をかけられた驚きに肩を震わせて辺りを見回したアリスターは、ロゲインの姿を確認すると慌てて駆け寄ってきた。
「おかえり! 見逃すとこだった!」
 ぼふんと音をたてて抱きついてくる。ほんの数年前には膝に顔をぶつけていたのが、今ではロゲインの胸のあたりに届きつつあった。気づかない間に随分と背が伸びている。
「……迎えにきたのか」
「うん。俺だけでごめんね」
 アリスターの言葉にロゲインは何のことかと首を傾げる。
「ああ……そういえば昔はアノーラとセリアも連れてよくここに並んでいたな」
 妻が死んで、アノーラが勉学に打ち込むようになってからは自然となくなった習慣だ。最初はとても寂しかったのだと、迎えがある嬉しさのおかげで思い出した。待っている者がいるというのは良いものだ。ロゲインは微かに表情を綻ばせた。

 雪のせいか人通りの少ない道を歩き、左に並んだアリスターの頭が思うより高い位置にある。二人で出歩くのが久しぶりなせいか、やけに彼の成長を実感させられた。そんなアリスターが忙しなく手を擦り合わせては息を吹きかけているのに気づく。指が真っ赤になっている。
「手袋はどうした?」
「え〜〜、忘れてきちゃった」
 真白い息を吐きながらそんなことを言うのでロゲインはやれやれと溜め息をついて手袋を脱いだ。どちらかといえば防寒具よりも戦闘用の丈夫な牛革製グローブだから、あまり暖かくはない。こんなことならデネリムで毛織りの手袋を買っておけばよかったなと思う。
「ほら。家までこれを使え」
 かつて親友の腕より預かった赤ん坊はすくすくと成長して、今や少年から青年になろうとしている。とはいえまだまだ子供だ。ロゲインのグローブはアリスターが手を入れても指先が相当余っていた。
「気をつけないとしもやけになるぞ」
「まだなくてもいけると思ったんだよ」
 荒野と氷海に挟まれたグワーレンの夏は短く、秋の実感も得られぬ間に素早く凍りついてゆく。油断していてはすぐに寒さに負けてしまう。

 寒気に晒された手を急いで外套に突っ込み、帰ろうかと言いかけるが、なぜかアリスターは立ち止まったままじっと自分の手のひらを見つめている。やはり大きすぎるのが気になるのか。しかし邸宅はそう遠くない。小さな手が冷えきらないために我慢してもらわなければ。
「アリスター」
「……はい!」
 元気のよい返事とともにすぽんと脱ぎ去った右手袋を返されて、ロゲインは戸惑った。
「私はいいから、両手にしておきなさい」
 頑固に首を振るアリスターはロゲインの手に無理矢理それを嵌めると、手袋をしていない柔らかく小さな自分の右手と骨張った大きなロゲインの左手を繋いだ。
 手袋を着けた手よりもアリスターと繋いだ左手の方がなぜか暖かく、その感触に昔を思い出した。
 必死に背伸びして伸ばされた幼いアノーラの手。無茶する夫を窘めるように笑うセリアの手。寡黙で厳格な背中ばかり見てきた父も、ロゲインを導くために差し出した手はいつだって温かかった。ぬくもりはいつもこの手の中にある。冬の厳しさのせいで勝手に孤独を感じていただけだ。
 アリスターは繋いだ手を決して離すまいと指先に力を籠める。ロゲインが応えるように握り返すと彼は安堵の笑みを浮かべた。何度目かの既視感。この体温を守るためならロゲインは、どんなことでもしようと思うのだった。



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