最後に笑うのは獣だけ



 国王主催のグランド・トーナメントをやろうと言い出したのはエリッサだった。
 少し前までデネリムは活気に満ちていた。町並みは無惨に破壊されても人々には未来へ向かう勢いがあり、誰もがブライトの爪跡を払拭するためがむしゃらに働いていた。
 その甲斐あって市場も再開され、町が表向きかつての姿を取り戻しつつある今、誰もが少し気抜けし始めている。不満がこぼれてくる時期だとエリッサは言う。それも余裕の出てきた証拠と言えるが、要するにみんな疲れが溜まってきてるんだ。
「つまり、ここらでひとつ派手な催しを開いて気晴らしをさせたいってわけだな?」
「そう。ついでに土地を失った騎士たちに領主がいなくなった領地を与えてやれる」

 闘技試合が嫌いなやつなんてそういないし、皆は間違いなく喜ぶと思う。兵士たちもまた剣を使いたい頃だろう。職を失ってならず者に堕ちそうな傭兵連中に歯止めをかけることにもなる。
 心配なのは金をどうやって集めるかだが、そもそもエリッサが無理な提案をするはずもないのだからその辺りは俺が気にする必要はないだろう。
「それにあなたの評判も高められる。無いものをねだっても仕方ない。確かに統治の経験は浅いかもしれないが、我らの王は勇猛な戦士であると知らしめるんだ。民衆というものは剣と盾を持つ王を好ましく見るものだからな」
 そこはかとなく馬鹿にされてる気もするが、敬意を抱かれてないのは確かだから否定はできなかった。
 頻繁に町へ繰り出してきた甲斐あって国民は俺の顔をよく知っている。戦ってる姿を見せるのは人気取りに最適だろう。俺の利点は彼らの視点が分かることだ。
 大体にして王様ってのは椅子に座って偉そうにしてるもんだと思ってるのが民衆で、いざというとき俺が実際に戦える人間だと知ってもらうのはとても……え?
「って俺も出るの?」
「嫌なのか?」
 不思議そうに首を傾げたエリッサに戸惑う。それってどうなんだ。模擬試合ならまだしもグランド・トーナメントに国王自身が出場って。
「嫌というか……意味ないんじゃないかな。仮に俺が勝ってもみんな茶番だと思うだろ」
 王を相手にまともに戦いたがるやつなんているだろうか? よくてわざと負けてくれるか、最悪なのは対戦相手が全員棄権して俺が不戦勝で優勝してしまうことだ。そんなの格好悪すぎて絶対いやだ。
 俺が不満もあらわにそう言うと、エリッサは鼻で笑い飛ばした。
「私がそんな生ぬるい戦いを許すわけがないだろう」

 ルールは単純だった。相手が誰であれ、卑劣な手を使わず、逃げ出さず、最後まで死ぬ気で戦うこと。言うのは易いが広く参加者を募った以上それを実現するのは難しい。
 ただ始まってみると幸いにも不名誉な事件は起こりそうになかった。フェレルデン人の、戦いと名誉に対する誠実さは敬意を表すべきものだ。王としても誇らしく思う……尤も、流れ者の傭兵でさえこのトーナメントでは行儀よくしているに違いないが。
 なにせ出場の登録受付およびその許可を得るための面談は女王陛下が直々に行ったのだ。
 最終的な参加者は50人ほど。その倍近くがエリッサによってふるい落とされ、たぶん今も療養中だ。面談は……言葉というより剣で語られた。
 出場者はエリッサの機嫌を損ねるようなみっともない真似をしたらどんな目にあわされるのか、よく学んでからここに立っている。
 俺の参加は始めから公表されていたが、今のところ特に問題なく受け入れられてるのが怖いくらいだった。
 相手が国王だといって気を使うやつはいない。もっと恐ろしいものが見張っていて、手抜きしようものなら即お仕置きしてやろうと目を輝かせてるんだから。

 ちなみに「暗殺者が紛れ込んでたらどうするんだ?」という俺の問いには「倒せば?」との優しすぎる言葉を頂戴した。夫に対しての信頼に満ちた思いやりある素晴らしい妻だと思う。
 逃走、棄権は禁止。戦いから逃げた時点で多大な罰金が課せられ、払うまでエリッサに追われることになる。俺だったら絶対に御免だな。
 毒や爆発物、魔法の使用禁止。エリッサとしてはあらゆる戦闘法を解禁したかったらしいが、魔法を許可すると戦力を均一化するのが難しいから“今回は”やめたそうだ。まあ、俺は魔法を消せるから魔道士が参戦しても平気だけどな。
 正直なところ少し楽しんでるのは認めよう。俺にとってもいい息抜きだ。日がな一日まわりくどい貴族の話を聞かされたり手紙を書いたり読んだりまた書いたり金欠に頭を痛めたりするよりも、剣を振り回して遊んでる方が楽しいに決まっている。
 ちょっと不安なのは開会式のあとエリッサに言われた「決勝で会おう」という言葉だが、その不安は俺が無事に準決勝を通過したところで的中した。

 癒し手が控えてはいるが、下手したら命を落としかねない真剣勝負だ。観客の熱狂ぶりも相当なものだった。
 俺のところの他にもう一つ異様な盛り上がり方をみせているブロックがあるのは知っていたが、まさかエリッサがいるなんて……思いもしなかったとは言わないけど、信じられなかった。
「王と女王が決勝を争ってるなんて出来すぎだよなあ? やっぱり他のやつが手抜いてんじゃないか?」
「これが本気の戦いに見えないならそいつの目は節穴だ、なっ!」
 剣戟の甲高い音が響く。本当の殺し合いと遜色ない緊張感が辺りに満ちている。俺たちに負けたやつらでさえ包帯だらけの腕を振ってまで無邪気な歓声をあげていた。
 まあ、ブライトを退けたフェレルデンの救世主とその夫であり仲間であった国王の本気の戦い、もし俺だったら……そりゃあ見たいよな。きっと夢中になっただろう。
 それにしても当事者としてエリッサと向かい合ってるなんて不思議な気分だ。
 周囲を取り巻く大音声に、ふと思い出す。世界の全部が嫌になってテンプル騎士の修行だけに慰めを見出だしていた幼い頃、このデネリムで開かれたトーナメントを教会の屋根から必死で眺めた。
 負けてなお晴れやかに笑う剣士たち、苦悩から逃げるためではなく名誉によって鍛え抜かれた彼らの剣技、歳を重ね世を拗ねるごとに忘れようとした無垢な憧れ。
 彼らは皆が高潔な類い稀なる勇者だと信じていた。俺も彼らのように自分を誇れる男になりたいと願っていた。そうすればきっと、こんな風に愛されるのだと――。

「考え事とは余裕だな、アリスター!」
「おわっ、とぉ!?」
 容赦なく叩きつけられた剣を慌てて受け止める。
 エリッサの動きは読みにくい。真正面で対峙しているのに次どこから仕掛けてくるかまったく予想がつかないし、こっちから攻める隙もさっぱり見当たらなかった。しかもすばしっこいからほんの僅かに気を抜いただけで姿を見失いそうになる。
 彼女の戦い方は俺の目指したものとは違った。不意打ち騙し討ち、誘ってかわして流して避けて、嘘と罠を張り巡らせて相手を惑わせる。俺たちはあまりに違いすぎた。ペースに乗せられたら負けなんだ。
「生憎だが私は血筋のために甘やかしたりはしない。子守り役のテンプル騎士団とは違うんでね」
「誰が子守りだ、誰が。そりゃ騎士団じゃ俺の素性は暗黙の了解になってたけど……」
「そうやって“負けてもらって”自分は強いと勘違いしたんじゃないのか?」
「うるせぇ。ウォーデンでは実力で兵を指揮できるくらい信頼されてたんだ。実力で得た地位だぞ!」
 見つけた微かな隙に剣を捩じ込めば軽々と打ち据えられる。隙と思ったものさえ罠だった。まったくやりにくい。
「前線に出すには覚束なかったんじゃないのか、お坊ちゃん? 後ろで守ってもらってたんだな」
「んなっ……!」
 頭に血をのぼらせるために言ってるのは分かってるが、分かってるが! 腹立つ!
 怒りに任せて剣を叩きつけ、ガードを無理やり突き崩す。後退ってよろけながら構え直すと、エリッサは獰猛な獣のように瞳を光らせた。生気が漲っていた。
 易々と負けるつもりはない。俺にも男として夫として王として、守るべき矜持ってものがあるからな。

 彼女のやり方に乗るまいともがいてる時点でもう負けてる気もした。だが考えるな。思考を追っても彼女の速さには追いつけない。体力、持久力、あとは頑丈さ。俺がエリッサに勝てるのはそんなところか。
 距離をとって深呼吸し、身構えた彼女に斬りかかる。難なく剣で払われたが、間を置かずに攻め立てる。防がれても避けられても全力で追い続ける。
 観客の喚く声が次第に遠退き、やがて何も聞こえなくなった。魔法を打ち消す時と同じように、ただ眼前にあるものに集中する。これを壊す。なんとしてでもこの壁を、ぶち壊す……。
 形振り構わない俺の猛攻にエリッサの息があがる。休む暇もなしに打ち合っていれば先に力尽きるのは彼女だ。攻撃をかわす回数が減り、剣でガードする方が多くなってきた。それもほんの少しずつ揺らぎ始める。
 呼吸が乱れ、汗が流れる。腕の位置が低くなり、足は自然と俺から距離をとろうとする。それを許さず体力に飽かせて打ち続けた。剣の上から、小手の上から、鎧の上から強引にダメージを与え続けた。
 たぶん彼女の体は青痣だらけになってるだろう。それも気にしない。エリッサは強い。俺には殺されない。信頼している。だから遠慮はいらない。
 微かに苦しげな呻きが漏れて、隙ができた。もう限界だろう。これは罠じゃない、次は避けられない、防げない、再び大歓声が耳に飛び込み勝利を確信した。
 彼女の剣を無理やり弾き飛ばしてがら空きの胴体に……突き刺そうとした瞬間、脳天を突き上げるような衝撃が走った。見下ろすと彼女の足が腹に刺さっている。
 自覚した途端に脂汗が流れ落ち、強烈な吐き気に襲われた。
「かはっ……、み、みぞおち……」

「勝負あったな」
 崩れ落ちた俺の眼前に剣を突きつけ、称賛の叫び声を浴びながらエリッサは涼しげな顔で笑っていた。おい嘘だろ? あの余裕のなさも演技だったのか? 俺は一体いつから術中にはまってたんだ。
「本気でやってくれて嬉しかった。一度あなたと戦ってみたかったんだ」
「手加減できる強さじゃないだろ、お前……殺されるかと思った」
「殺す気でやってたもの」
「えぇ?」
「もう死ぬ、って思った。だから相討ち覚悟で全力の蹴りを入れたんだ。剣は間に合わなかった」
「間に合ってたら俺死んでるんじゃないのそれ」
「うん」
 何を普通に頷いてるんだと青褪めたのも束の間、エリッサはいい笑顔でさらに恐ろしいことを告げた。
「あなただって殺すつもりだったはずだ。じゃなきゃ捨て身の攻撃がうまく入るわけがない」

 否定できない。俺が死ぬとか彼女が死ぬとか頭になかった。あの一瞬、他のあらゆる思考が消え去っていた。勝つことしか考えてなかった。
 俺は彼女に剣を突き刺そうとしていた。今更ながら焦る。それはつまり殺しそうになってたってことだ。
「そんな危ない橋を渡るなよ!」
「でも楽しかったでしょ?」
「え、う、ま、まあな……」
 たぶん彼女は根っから戦いが好きなんだろう。血溜まりの中に倒れ伏して死ぬことこそ本望なんだ。その彼女が俺との戦いを楽しんでいる。充実感がないと言えば嘘になってしまう。
 白状しよう。確かに楽しかった。エリッサほど強い女はそうそういない。彼女に全力を注ぎ込み、そして彼女の全力を受け止めるのは、驚くほど気持ちがよかった。

 限界が来てたのはやっぱり演技じゃなかったんだろう。涼しげな顔こそ彼女の意地だった。我が女王陛下は人目があると特に格好をつけたがるからな。
「疲れた! 栄えあるトーナメントの優勝者を運んでいただけますか、陛下?」
「はいはい、お望みのままにお仕え致しますよ」
 実際エリッサはもう立ってるのも辛いらしかった。力なく俺に寄りかかってきた彼女を抱き締める。
 激しい運動のせいで体温が高まり全身に赤味が差して、まるで、まるで……こ、これはちょっと人前で見せるべきではないんじゃないか、なんて気づけば俺の顔まで赤くなってくる。
 見渡せば、そこにいた者すべてが誇らしげに俺たちを見つめていた。興奮に頬を染めた子供たちがいた。彼らの希望を託されている。そのことを素直に受け入れられた。
 俺は、紛うことなき英雄の、彼女の隣に並び立てる男になれたんだ。



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