so like sea breeze



 アマランシンの港でデネリムへ向かう船を待つ。最近は穏やかな天気が続いてるから今日は珍しく馬車じゃなくて海の旅だ。船にあんまり乗ったことがない私はずっと楽しみに待っていた。きっと馬車とは違ってお尻も痛くならないだろう。
 それにしても寒い。手袋をしてこなかったらあっという間に指先まで冷たくなる。暖かさを求めて旦那さまの手を握ったらバチッと音がした。
「いたっ! 何?」
 触ったところに電気が発生したみたいだった。指先がピリピリ傷んでるのにあっちは全然平気そうな顔をして私を見下ろしていた。
「な、なんともなかったの?」
「多少は感じたよ。静電気だろ」
 今日は空気が乾燥してるからなと呟いて、なんてことなさそうにコートの中に手を入れる。乾いてたら静電気が起きるんだ、知らなかった。そういえば雨の日にはあんまり起きたことないかもしれない。
「てっきりあなたが魔法使ったのかと思ったよ」
「なぜそうなる」
「悪い魔法、使えそうだから」
「ろくでもないこと言うな。テンプル騎士が捕まえに来るぞ」
 それは困るって言って旦那さまのコートを掴む。絶対に手なんか繋がないぞという目で私を見下ろしてちょっと逃げた。ひどい人だな。
「服の中に手を突っ込んでおけばいいだろ」
「だって転んだとき危ないじゃない」
「転ばないように歩けばいいんじゃないかね」
「遠回しにそそっかしいって言ってる?」
「いいや、遠回しには言ってない」
 それって直接的に言ってるってことじゃん! 本当に人が悪いんだから。はあと溜め息を吐くと大きな白い湯気が口から漏れた。旦那さまは素知らぬ顔で海を見ていた。

 ハイエヴァーの山だって寒かったから海に近いアマランシンは暖かいくらいだと思っていた。慣れたつもりでいたから余計なのかもしれない。このあたりの冬の寒さはものすごく、なんていうか痛い。高い山の上で年がら年中薄くて冷たい空気に押し潰されるのとは違った。油断してるといきなり氷の塊がぶつかってくるみたい。
 天気もいいし、そんなに気をつけなくても構わないと思ったのに。知らん顔して突然豹変する、こんな意地の悪い土地が意地の悪いレンドン・ハウを育てたんだなあってしみじみと納得した。
「……エリッサ、何か余計なことを考えてるだろ」
「べつにいー。私の旦那さまは冬の太陽みたいな人だなーって思っただけ」
「無理に詩的な表現をしようとするなよ。似合わないし下手くそだ」
「…………」
 むすっと口を尖らせた私に少し笑って、彼は数枚の銀貨を差し出した。
「手袋でも買ってこい」
「船が来ちゃわない?」
「行く場所は分かってるから私だけ乗っても大丈夫」
「じゃなくて、置いて行かないでよ!」
「なら早くしろ」
 なんだか本当に放っていかれそうだから焦って露店商のところへ走った。普段だったらどうせデネリムに着いたら市場に寄るんだからなんて言われるところだ。彼なりに私の慣れない船旅を気遣ってくれてるんだろうか。
 船に乗ったらきっと船室に籠ってなんかいられない私の性格を知っている。海上は今より冷えるから、っていう優しさ。そう素直に言えない気難しさ。いろいろおかしくなって笑いを堪えながら走っていたら思い切り転んだ。
 港を振り向いたら、こっちを見ていた旦那さまが盛大に噴き出していた。……まあ、ちょっとムカつくけどちゃんと待ってくれてるから感謝しておくことにする。



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