Slipped the ring



 ふと目を遣って気づいたのだが、エリッサの指には未だに結婚指輪が嵌まっている。私はとっくに外していた。というより式で使った指輪はたぶん、なくしてしまった。本来なら生涯外してはならないものだが、そもそもエリッサと交わしたものは私にとって二つ目なのだから今さら誰に見咎められることもないだろう。
 指輪は嫌いだ。あれは剣を握るときに痛いからな。まるでその手は武器など持たず空けておけと叱られているようで、余計なお世話だ……と思う。
 エリッサは私と違って剣よりも弓矢を好んだ。斬り合いになれば体格も腕力も劣る彼女が不利になる、ゆえに敵と見れば戦線から離れてなるべく手際よく射殺すようにしているそうだ。その射撃精度は師匠である母親のお墨付きだった。力加減のコツを掴むのがうまいのか、もう大人用の弓を使っている。だからか? 弓矢なら指輪をしていても大して邪魔にならない。
 彼女の左手をとってしげしげと眺めた。教会で嵌めたときには少し緩いくらいだったのに、今はぴったりだ。
「太ったのか?」
「ええっ、違うよ成長したんだよ」
「いや、でも太っただろう。あれだけ食っていれば」
「違うもん確かに肉はついたけど指輪がきついのは成長したからだもん!」
 きついのか。目で見るよりも環が小さいのかもしれないと思いながら銀輪を指でなぞる。エリッサは子供だ。どちらにしろ、いずれは作り直すつもりだった。
「そろそろサイズを変えるか」
 太ったという言葉が気に入らないのか、まだ不貞腐れたまま彼女は「いい」と呟いた。
「外せなくなるまでつけている気か?」
「うー。じゃあ、新しいのができるまでこれつけとく」
 きついんじゃないのか。まさか気に入っているわけでもないだろう。エリッサは光り物の石や絹より剣と盾にこだわるタイプのはずだが。第一、身につけて面白味のあるような装飾は一切ないただの銀の輪だ。
「指輪が好きなのか?」
 ねだられたら面倒だなどと考えながらアマランシンの職人の名をいくつか思い浮かべる。エリッサはニコリと笑って口を開き、何か言いかけて固まった。
「何だ」
「なんでもない」
「言いなさい。気になるじゃないか」
「……だってまた可愛いげがないとか野蛮だとか色気をどっかに忘れて産まれてきたとか言われるだろうし」
「何のことか分からんがそんなもの今更だ」
 口をひん曲げて盛大にむくれたあと、指輪を見せるように握り拳をつくってエリッサは腕を突き出した。
「腕力が、ないから、殴ったときダメージが増えるように指輪してるの!」
「……ああ!」
「感心されるのもそれはそれでヤだな……」
 なるほどそういう利点があったか。気づかなかった。してみれば死ぬまで外さない結婚指輪ってものは、夫婦の貞操を守るのにも役立っているのかもしれないな。私はなくしたが。
「いっそ黒曜石の飾りでもつけるかね」
「それ完全に武器だよ旦那さま」
 私の指輪はどこへやっただろうか? エリッサのものと一緒に作り直させてもいいな。いっそ親指にしてしまえば剣を握るのにも邪魔にならない。



 40 / 57 

back | menu | top