She likes you
名前で呼ぶと戸惑う。彼をレンドンと呼んでいたのはそれこそ亡き父親であるターレトン将軍と私の父さんくらいのもので、聞き慣れない音が自分の名とは思えないらしい。
「レンドン」
と言っても振り向かない。ハウ伯爵。旦那さま。ご主人さま。殿、閣下、若様、殿下、遡っても愛を籠めて名を呼ぶ人がいない。愛されるに相応しい人物ではなかったから? それとも逆に、愛されなかったからひねてしまったの? 私には分からない。
「レンドン、レンドン、レーンードーンー」
「……うるさいな、何ださっきから」
「レンドン」
「だから、何だね」
「大好き」
名を呼ばれ、愛を囁かれたことのない彼は軽蔑しきった態度で「は?」って言った。
彼の父親は家族を戦火に投げ捨ててオーレイの味方になった。彼は母親のことを覚えていない。彼と彼の元奥方には愛がなく、私の父さんの友情を彼は信じることができずにいた。
誰が悪かったんだろう。そもそも悪い人などいたのだろうか。私には、分からない。
「私はあなたが好き。大好き。昔から好きだった。父さんの友達だから。今は私の旦那さまだから。あなたは家族だ。家族はとても大切で愛おしくていつでも大好きなものなんだよ」
ぽかんと口を開けっ放していた彼は「何に影響されたんだ」と言って怒った。べつに何かに影響されたわけじゃない。ただ、好きだと言われて喜ばないのは慣れてないせいじゃないかと思ったんだ。彼は誰かに好きだと言われることがない。誰かを好きになることもない。だから好きってどういうものか知らないんじゃないかと思ったんだ。
こうして言葉にして吹き込み続けていれば通じるときが来るかもしれない。蟻だってがんばれば岩に穴を開けられるとかなんとかそんなことをアルドスが言ってたし。私は旦那さまの感情に穴を開けるんだ。そこから好きを流し込むんだ。
「あなたが好き。ずっと大好き。ムカつくところだらけでひっぱたきたくなることもあるけど、私はやっぱりあなたが好きだよ」
ピンと来ない顔をしていた彼はふと眉間にシワを刻んでこう言った。
「お前の好きは安い」
「ええっ、なにそれなんか酷い」
「お前に嫌いなやつなんかいるのか? いないなら、好きであることに意味もない」
嫌いな人? ああうん、いないかもしれないな。殺してやりたいやつならたくさんいるけれど。それは私の邪魔になる者だから排除したいだけなんだ。
確かに、彼が本当に欲している「好き」ではないのかも。私は彼を愛している、好意を抱いているけれど、恋愛してるわけじゃない。彼のために死んでもいいとは思えない。彼のために自分を捨てることはできない。ただ守り、支えてあげるだけ。
「……でも、好きな人の誰にでも好きだって言うわけじゃないんだよ」
「昔から気軽に好き好き言ってたくせに」
「だってあなたのことは特に好きだったからね。他の人には言ってなかった」
あ、今ちょっとだけ動揺した。
こうして足りなかったものを埋め合わせて迷惑がられても押しつけて彼を慣らしていけば、もし私が失敗してもあるいは他の誰かの好きが彼に届くかもしれない。いつか誰かに「レンドン、好きよ」と言われて、「私もだよ」と答えられたら。与えられなかったものが好きなだけ手に入ったなら。
そうしたらあなたは一体どんな人になるんだろう?