I know



「歩兵長、ナントカ伯爵を殺してきたよ」
「……、は?」
 ナントカでは分からん、と思いつつカイロンは呑気な調子で重大な犯罪の事実を告げるウォーデンに冷や汗をかいた。
 ちらりと背後を振り向くと馬鹿な部下は大あくびをかまして目に涙を浮かべている。幸いにも今の話は聞いていなかったようだ。
「俺はお前の報告を受ける立場にないんだ、旅人殿」
 言外に、殺人の告白などしないで一般人らしくどっかへ立ち去ってくれと言っている。しかしこの勘は鋭いが察しの悪い小娘に通じるわけがないと諦めてもいた。
「なんだもっと喜ぶかと思ったのに。うざったかったんだろ、あのなんていったっけ……ドンドン買う伯爵が」
「それを言うならレンドン・ハウ伯爵だ。じゃなくて、……何? おま、え、彼を」
 デネリム伯を殺したのかとはさすがに聞けずカイロンは絶句した。邸宅で騒動があったとは聞いたがハウ伯爵が死んだなんて話は知らない。それが事実ならばデネリム中がその話題で持ちきりになるのも時間の問題だろう。
 確認してしまったら彼女を逮捕しなければいけなくなる。無理だ。いろいろな理由でそんなことはしたくないし、それにとにかく無理だ。
 このエルフがほんのガキの時分からどんな悪さをしても捕まえられなかったのに、ますます腕を磨きあげウォーデンにまで登り詰めた彼女を捕縛し罪を償わせるなんて、カイロンには不可能だ。

「これで犯罪者が衛兵になる確率は減ったな」
「……そりゃありがたい。奴らは代わりにウォーデンにでもなるがいいさ」
「どうして怒ってるんだ?」
「いや、怒っちゃいないがな、あのユーリエン伯爵の後釜がハウ伯爵だったんだぞ。最低から最悪になったんだ。次はどうなる? これ以上の人材が送られてきたら俺はもう……」
 もう逃げ出して自由連邦へでも行ってしまいたかった。自由、自由、なんと素晴らしい響きだろうか。カークウォールはさぞや輝かしく広大な町に違いない。
 だが、王の治めぬ王都を守るカイロンだからこそ、きっとそこにも自由などないことは知っていた。世の中は嘘つきばかりなのだ。

 確かに疎ましく思っていたし考えてみれば彼女にそれを愚痴った覚えもあるが、それとこれとは別だった。ハウ伯爵はデネリムだけでなく故郷のアマランシンとハイエヴァーも治めていた有力者だ。
 どれほど卑劣な悪党であろうとフェレルデンの要所を握っていた彼が死んだとなれば、とくに商業的な混乱が大きいだろう。
 秩序の再編は正義の志だけでは容易に行えない。今後のことを考えただけで胃が痛かった。
「歩兵長、ブライトなんだ。私はグレイ・ウォーデンだ。結束を乱すやつは殺し尽くしてやる」
「それで何も残らなきゃ意味がないだろう。デネリムはどうなるんだ」
「大丈夫。ここはほらあの、ピーマンが新伯爵になればいい」
「ぴ、ピーマン?」
 これはさすがに難易度が高いな……などと真剣に考え込みそうになり慌てて頭を振った。全く彼女の記憶力ときたら興味のない事柄に対してはてんでダメだ。

 まだ生きている貴族の顔を思い浮かべたが、親の責任すら果たせない阿呆ばかりが出てきてうんざりさせられる。誰がハウの後釜におさまろうと今までより良くなることは決してないだろう。
「ピーマンだかニンジンだか知らないが、政治には安定が欠かせない。変わるよりは変わらない方が良かったと言える」
 少なくともカイロンの立場としては、そう言うほかないのだ。
「でも彼はいいやつらしいぞ。あ、思い出した。いや違ったかな。えーと、キーマン伯爵?」
「イーモン・ゲリン。イーモン伯爵だろ! って、自分の支持者まで忘れるな!」
 じきに諸侯会議が開かれて内戦に決着がつけば、まあ確かにイーモン伯爵あたりがデネリム伯を授爵するのが無難だろう。しかしカイロンには希望が持てない。
 かの人は確かに評判がいいけれどそれがなんになるのか。ロゲイン公爵だって一月前まではあらゆるフェレルデン人が尊ぶ英雄だった。

 政治抗争なんてどうでもいい。結局のところ実際ダークスポーンと殺し合うのはカイロンやその部下なのだ。高貴でも誠実でも善良でもなくていいから、戦いを知る者にこそ率いられたかった。
 例えばこの頭蓋骨の中まで筋肉で占められたようなウォーデンなんかに。
「ああ……いっそお前が伯爵になればいいと思うくらい、疲れてるんだよ俺は。なあタブリス」
「ふーん。お断りだけど、辛いならマッサージでもしてもらいに行けば?」
「そんな金があるように見えるか」
「あんたにしたみたいにサンガを言いくるめてタダにしといてやるよ」
 人聞きの悪いことを言うなとカイロンは眉間に深いシワを刻んだ。べつに言いくるめられたりしていない。彼女に言いくるめられる奴なんて余程の馬鹿か、彼女と同程度の知能しか持っていない馬鹿か、でなければとんでもないお人好し、つまり馬鹿しかいない。
 そしてお人好しは真面目に生きているにもかかわらず面倒に巻き込まれて胃を痛める運命だ。

「おっとそうだ、私は里帰りしてくる。伯爵の後始末を頼むよ、カイロン」
「だから俺はそんな大層な立場にないってのに。もう少し、話の内容と声の大きさに気をつけろ。大事な時期なんだろうが」
「話す相手に気をつけろとは言わないんだ?」
「俺はお前の味方だ、悲しいことにな」
 彼女は満面の笑みで「知ってる」と答えた。それにしても長い付き合いによって彼女のダメさ具合にすっかり慣れて馴染んでしまっている己が情けなかった。
 ウォーデンはよくやっている。それは旅立ちの前から彼女を知るカイロンも認めるところだ。持ち前の正義感を曲げることなく使命を全うしている。
 分かっていた。本当は、呆れつつも彼女の奔放さが少し羨ましいのだ。



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