Alistair in Wonderland
雪に埋もれたオスタガーは俺が覚えていた風景とはあまりに違っていて、いっそ美しいと思えるくらいの純白に染められていた。
冬の訪れる直前、まだ泥濘の多く残るこの場所で起きた悲劇はもはや跡形もなく、すべてが白く塗りつぶされてしまった。
旅の道中、相棒が得た情報をもとにケイラン王の遺品を探しに来ている。マリクから引き継がれた刀剣と王の鎧一式だ。
正直言って彼を家族だと感じてたことは一度もないんだが、こうして機会を得てみるとそれでも仇を討ちたいと思ってる自分がいる。ダンカンの件がなくたって俺はカリアンと一緒にオスタガーに来ただろう。
俺にとっては異母兄、アノーラにとっては夫であるケイラン、なによりフェレルデンにとって唯一無二の国王の象徴。
アーチデーモンとの戦いに向けた団結のためにも、その後の国に生きる人々のためにも、取り返さなければならない形見がここにある。
様変わりした景色の中、瓦礫の位置からかつての地形を探りながら歩く。イシャルの塔とは反対側から入ったんだが、やはりまだここもダークスポーンだらけだった。
数ヶ月前まで奴らに対抗する兵士で溢れていたキャンプに汚れた獣が棲み着いている。あの時とは違う一団なのだろうが、振るう刃には怒りが籠った。
パーティの盾である俺を差し置いて突っ走っていたカリアンとついでに犬が不意に立ち止まった。折れて倒れた石柱の一部が雪上に露出している。
塔やら祭壇やらの位置から考えるに、ここはおそらく……ダンカンのテントがあった場所だ。
といっても私物の少ない男だったからここで遺品が見つかるなんて幸運は残念ながら期待できないだろうな。
カリアンは爪先で雪を掘り返して何かを探し始めた。犬は辺りが安全かどうか鼻を鳴らして警戒している。俺は休憩がてら彼女のやることを眺めていた。
凄まじく豪快な性格に不釣り合いなほど細い手足が雪を掻く。エルフらしく小柄で可憐な彼女を見てるとついつい余計な世話を焼いて助けてやりたくなってしまう。
本当のところ俺よりよっぽど男気のあるやつなんだが、外見からはとてもそう思えない。
ここで初めて会った時カリアンは俺に「あんたは不思議な人間だな」と言ったけど、今なら「そりゃこっちの台詞だ」と答えるな。
大雑把で単純で脳味噌まで筋肉みたいなくせに、掴み所がなく何を考えてるのか全然分からない。
不思議なやつだ、まったく。
「あっ!」
いきなりの叫び声に驚いて肩がビクッとなった。我ながら小心だ。何事かと近づいて彼女の足元を覗き込んでみたら、カリアンは雪の中から何かを引っ張り出していた。
雪に埋まっていたおかげか奇跡的に白さを保っていたそれは、質素なドレスだった。派手な色使いはなく、代わりに手の込んだ刺繍がたくさん施されている。貧しい家でなんとか金をかき集めて作った宝物って感じだな。
俺は見覚えがないけれど、ここにあったテントを利用したのはダンカンと新兵候補の三人だけだったから、これはカリアンの持ち物か。
「そんなの持ってきてたんだな」
意外と乙女心ってやつがあるんじゃないかと揶揄しようとして、彼女の真剣な面持ちに言葉がつまる。
「これ、私が結婚する時に着せられたやつ。ダンカンに連れ出された日に唯一持ってたものだ」
「へえー。……って、け、結婚!?」
着る予定だった、じゃなくて“着せられた”なのか? それってつまり結婚してたってこと?
驚きのあまり開けっ放した口が乾く。カリアンはそんな俺を不思議そうに眺めた。
「知らなかったっけ? 前にも話した気がするけど。……ああ! そっか」
「な、何だよ。一人で納得して」
「里帰りした時にその話題が出たんだ。でもあんたはいなかったな」
その里帰りっていうのがデネリムのエルフ異民族区から奴隷商人を追い出したときの話なら、俺はいなかったんじゃなくてカリアンに置いていかれただけなんだが。
あの時にカリアンを丸め込んだのはイーモン伯爵らしい。捕まってドラコン砦に送られた前例を考えて、諸侯会議が終わり玉座が決定するまで俺たちは別行動をとるよう勧められたのだ。
彼女はすぐに納得したようだった。心配していたのが俺の命なのか王の命なのかちょっと悩んだもんだ。でも、カリアンは会議でアノーラに玉座を与えてイーモン伯爵の目を見開かせた。俺にはそれで満足だった。
優秀なアノーラが女王になり、俺たちはグレイ・ウォーデンとして戦いを続けられる。まさに最良の選択じゃないか。
……それにしたって、テヴィンターの魔道士たちを追い出した一件については、里帰りなんて穏やかなもんじゃなかっただろうに。
一体どうして結婚の話題なんかに結びついたのか気になるが、あそこはカリアンの故郷なんだ。きっと俺の知らない色んな話をしたんだろう。
俺もその場について行って、彼女の父親や従兄弟に会いたかった。彼女の昔話を聞きたかった。ブライトが終わればそんな機会もあるだろうか? しかし、それまで互いが生きていると保証はできない。
「……結婚してたんだなぁ」
べつにだからって何かが変わるわけでもないんだが、これだけ長く一緒に旅をしていてさえまだ知らないことがあるんだって思うと変な気持ちだった。
いや違うな。知らないことがあるという事実を、どうとも感じない自分に驚いている。
「じゃあ戦いが終わっても帰る場所があるんだよな? そのドレスを着て、旦那のところに」
「いや、彼は死んだから」
「え、あ、お、おう……そうだったのか」
聞かない方がよかったんだろうか。いやでも、あんまり気にしてないみたいだけど。
彼女はいつでもそうだな。変化を受け入れる時、いつも前向きだった。大袈裟に笑って驚いてころころとよく動く感情が、悲しみに沈み込むことはない。
俺の父親の話をした時だってカリアンは大して衝撃を受けてなかった。彼女にとって俺が王の血を引いていることなんてどうでもよかったんだ。
そして彼女は“俺が望まないから”というだけで玉座を退けた。俺の置かれている立場や必要とされている背景なんか完全に無視で、今の俺の気持ちだけを尊重してくれた。
彼女のおかげでくだらない悩みだったと思えた。彼女は俺の素性を知らなかったし、俺も彼女の家族のことや結婚してたことだって知らなかったが、知ったあとに何が変わるわけでもない。
知らない面があるからこそ思いやれる。過去のすべてを把握してなくても分かり合うことはできる。お互いどんな過去を持ってたって、俺たちが仲間であることには変わりないんだ。
今は血塗れで鎧を纏った勇ましいカリアンだが、その手に持ったドレスをちゃんと着れば綺麗な花嫁さんになるのかと思うと不思議だ。それでも彼女が彼女でなくなるわけではないことに安堵する。
なんだか少し感慨深い気持ちになっていた俺を放ったらかして、彼女は期待に満ちた瞳をドレスに向ける。
「アリスターにはちょっと細いな」
「……って俺が着てどうすんだよ」
さすがに顔が引き攣った。無邪気な笑顔で何を言ってるんだこいつは?
「だってアーチデーモンと戦う時にドレス着るんだろ?」
「着るかっ!」
「前に言ってたじゃないか」
言うかっ。どうせまたそれも俺のいない時に誰かとした馬鹿話だろう……と言いかけて、思い出した。
そういえばあの時、まさにこの場所で、そんな話をしてたっけな。俺がドレスを着るとか着ないとか。それでダークスポーンを驚かそうとか。真面目に受け取られてたとは思いもしなかったが。
カリアンは、小柄なエルフに合わせて作られた細身のドレスを俺の体に押し当てる。レリアナに頼めば繕い直してくれるかも、なんて真顔で言われてちょっと怯えた。
おいおい大事なドレスだろ、俺なんかに着せたら作った人たちも浮かばれないぞ。
「アリスターは、青や白が似合うよ」
「うん。ありがとう。着ないけどな」
カリアンは聞いてないようだった。本当に、不思議なんて言葉では足りないやつだ。
ダンカンたちの仇討ちのために、ケイラン王の遺品を探すために、過去の悲しみのためだけにオスタガーに来るなんてもっと辛くて苦しい旅だと思っていたのに、俺は今、ちゃんと笑っている。
まるでグレイ・ウォーデンの仲間に迎え入れられた日のように、でもその時とも違った気分で、過去を乗り越えようとしていた。
彼女はドレスを無造作に丸めて俺のバックパックに詰め込んだ。もうちょっと丁寧に扱え、じゃなくて俺のとこに入れるなよ、でもなくて、えーとそうだな。
「アーチデーモンと戦う時、俺がドレスを着て踊るなら、お前も着ろよな」
「うん? べつにいいよ。どっちがダークスポーンをビビらせられるか競争だ!」
青と白のふわっふわなドレスを用意してやると言って彼女は笑う。屈託のない表情は初めて会った時より大人びていた。
いつだって人は変わっていくんだ。俺はもう、彼女のお陰で、それを揶揄して誤魔化さなくても受け入れられるようになっていた。