あとかたもない生粋
受け止めた腕ごと砕かれるような一撃だった。痺れの走る手を振り、ソロナは不快げに眉をひそめる。傲慢の悪魔は更なる追撃を試みたようだが、間に立ちはだかったアリスターによって阻まれた。
一度退いて体勢を立て直すことにする。どうやら杖は無事だ。あの怪力をよくも折れずに耐えたものだと感心して眺め、しかしそこには何かが足りない気がした。
華美な装飾も魔術的な意匠もほとんどなく、どちらかといえばマナを扱うよりもただ殴るために作られた杖だ。
これはソロナが一人前のサークル・オブ・メジャイとして認められた日にフェイドから持ち帰ったものだった。以来ずっと愛用している。グレイ・ウォーデンになってからも変わることなく。
床に視線を向けた。悪魔の爪に掻かれ、無惨に破れた布切れが落ちていた。
あれは杖に結びつけていたものだ。ソロナ自身も今の今まで存在を忘れていたが、ちぎれた端切れを目にした瞬間、鮮明に記憶が蘇る。
試練を乗り越えたあと、ソロナはサークル・タワーの同居人たちにお祝いをねだった。それこそ見習い区の友人たちから筆頭魔導師、テンプル騎士に至るまですべての人を訪ねてまわった。
言葉でも物品でも何でもよかった。とにかく己の偉業を誉めてほしかったのだ。
ウルドレッドはいつも通りの煩わしげな顔でソロナを無視しようとしたが、彼女の持っている杖に目をとめると僅かに唇を持ち上げた。
『どこで手に入れたんだ?』
『ああ、これ。フェイドで精霊にもらったんだ』
『ほう……。よくヴェイルのこちらに持ち出せたな』
『すごいだろう。褒美になんかくれ』
いつものごとく偉そうに鼻を鳴らして、それで終わりかと思ったら彼はソロナにシンチベルトを寄越した。
ウルドレッドがサークルに来てすぐの頃、大きすぎるローブのウェストを絞るのに使っていたらしい。今の彼はかなり体格がいい方だから、必要なくなって随分経ったと思われる。
ソロナは手にしたベルトを見つめた。高価でもない、手の込んだ品でもない、魔法効果の付与されたアクセサリーというわけでもない。本当にただの布だ。だが、ある意味でソロナの望む贈り物としては相応しいと言えた。
この杖は存在するだけで価値がある。強いて加える必要があるとすれば飾りくらいだ。ウルドレッドもそれを認めてくれたのだ。
ただし一つ気にかかることがあった。
『今まで捨てなかったのは大切な物だからじゃないのか。もらっていいの?』
『いい。言っておくが、聞かれても思い出話なんぞ無いからな。不要品をなかなか捨てられないだけだ』
彼の意外な一面を見たソロナは少し嬉しくなり、ウルドレッドは照れ隠しに咳払いをして顔を背けた。
杖の中程にベルトを結んだ。それっきり、二人ともそんな他愛のないやり取りなど忘れていた。
半ば悲鳴に近いアリスターの「おい、ぼーっとしてないで戦え!」という叫び声も耳に入らず、ソロナはひたすら床に落ちた布切れを睨みつけていた。
ぼろぼろのシンチベルトのことなんてすっかり忘れていたのに。
お守り代わりとして大切にしていたとか、ウルドレッドの想いが悪魔の猛攻から守ってくれたのだとか、そんな事実でもあれば美談になるが、特になかった。すぐに日々の中へと埋もれてしまう些細な思い出だ。
でもソロナはきっと、いつか杖の結び目をほどく時には優しく彼のことを思い返せるはずだった。なのに。
「そうか。お前がウルドレッドを壊したんだな」
ソロナは彼の肉体を奪った傲慢の悪魔を睨みつけた。
ウルドレッドに何かを教わったことはない。他者に多くを与えてくれるような男ではなかった。まともに言葉を交わした記憶もあの一件の他に思い当たらないほどだ。
それでも、彼は塔でともに暮らす家族だった。無関心ながらも互いの存在を認めていた。
ソロナは杖を構えた。得意の変身魔法ではなく杖の力だけで悪魔を倒そうと思った。ウルドレッドが彼なりに称えてくれた、この武勇の杖で。