無秩序な夜のなかで



「オーレイから補充のグレイ・ウォーデンが来る前にアマランシンに行っておきたい」
「いいよ」
「それと、ブライトは終わったんだから他国のウォーデンに徴兵権を与えたくない。この国で新兵を集められるのは私だけだと公言しておかなくては」
「分かった」
 ほとんど聞いてないんじゃないかと疑いたくなるくらい、アリスターはただうんうんと頷くだけだった。
「……何か意見は?」
「んっ? いや、特にない」
 特にないってこともないだろうと思うのだけど。あなたは自分が最高責任者だと分かってるのかと頭を叩いてやりたい。
 確かにいちいち口論をしなくて済むのはありがたいことだ、しかし彼の態度はどうも職務に対して投げやりになっているようで不安だった。
 ハウ家の失墜により伯爵領がウォーデンに与えられることになった。とはいってもそれは王の名のもとに、あくまでもフェレルデンの一部として統治されなければならない。
 ウォーデンより早く貴族に顔を売っておきたい。アマランシンの強か者たちに誰が主君かを分からせておきたいんだ。
 そしてまた、近いうちにやってくるウォーデンに、この組織の復興が最優先ではないと宣言しなければ。人手が足りないのはウォーデンだけじゃない、洗礼の儀で優秀な人材を無駄に失っている余裕などない。
 諸侯や民衆に、グレイ・ウォーデンを玉座に据えたと思わせないためにも、やつらに大きすぎる権限を与えたくなかった。
 彼らを慕うアリスターには異論があるはず。どう反対されても私が方針を覆すことはないが、それと彼が政治に無関心でいるのは別問題だ。

「私の提案であろうと決定権はあなたにある。これらはあなたの判断として世に発せられるんだ。不満や疑問、異論があるなら先にちゃんと言ってほしい」
「不満か……? べつに無いんだけど。強いて言うなら、俺はもっとお前と一緒に寝たいなぁ」
「は?」
 統治の話をしてるのに何を言ってるんだ。あからさまに呆れ顔をしてしまったらしい私に慌てて手を振り、アリスターは違うと叫んだ。
「正直、お前が間違ったことを言っても俺にはよく分からん。政治に関してはお前の判断を信じるよ」
「……そうは言うけど」
 アリスターは私に対して過剰な“政治手腕”を期待している気がしてならない。でも私だってまともな統治の経験はないんだ。彼に比べれば少しは貴族の扱いに慣れているというだけ。
 今から私に全部任せておけばいいなんて気分でいられるのは困る。
「自分に関係ないとは思わないでくれ」
「それは大丈夫だ。なんか違うんじゃないかと思ったらちゃんと口を挟むから。……まあ、頓珍漢なこと言って困らせると思うけどな」
「構わない。なるべくいろいろ言ってくれた方がいい」
 たぶん、自覚しないよう努力しているが私も不安になってるんだろう。このために有能なアノーラを取り込もうとしたのだが、それは叶わなかった。私が彼女の代役を務めなければならない。
 他人の裏表を見破るのには慣れたつもりだ。誰を友人と呼ぶべきか考えることはできるだろう。そうやって見つけ出した者をアリスターに差し出し、ゆっくりと動かしていくしかない。
 でも私の慢心を打ち砕く人がいないのが怖かった。判断を過てば害は玉座にまで及ぶ。……我が家に起きた出来事の比じゃない。アリスターにはどうせなら私のすべてを疑ってかかるくらいでいてほしいんだけど、残念ながら彼は私を信頼していた。

 表向き、私とアリスターはあまり仲睦まじいとは言えなかった。
 諸侯は明らかに私の野心を疑っている。ハイエヴァー復興のため王位継承者に取り入っていたのだろう、既に権力を握っていたアノーラを邪魔に思って退け、新品の王を操り人形に据えたに違いないと。
 世間知らずでお人好しの王に相応しく甘い言葉はイーモンを通して発せられる。彼らしくない苛烈な言葉は私が裏で糸を引いているというわけだ。
 おかげでロゲイン派についていた人間は、保身のためアリスターと対立している……ということになっている私に擦り寄ってきた。
 ロゲインの陣営をまるごと失わずに済んだのは幸いだ。私とアリスターが不和でいれば、相容れない二派をそれぞれに引き受けることができる。彼らが結託して独立し、王に反意を抱く心配は今のところない。
 ただ、そのせいでアリスターに不安感を与えているのも否めなかった。紛れもない政略結婚、私は彼の地位を利用していると考えるのは諸侯だけではない。
 彼はおそらく、私に“大切にされている”とは感じていないだろう。

「……で、一緒に寝たいって何」
「あー、いや……お互いに忙しいのは分かってるんだが、寝る時くらいは一緒にいたいなぁ……というか」
 それっぽいことが何もないんだと愚痴を溢す。意味がよく分からなかった。それっぽいって何なんだ?
「一緒にいる時間も思ったより全然ないだろ。旅してる間の方がずっとお前の顔を見ていられたんじゃないか? これじゃ何のために結婚したのか……。いや、お前が俺を……好きで結婚したんじゃないのは分かってるよ。でもなんていうか、朝起きて、隣にお前がいるのを見て、安心したいんだ」
「えぇと、“夫婦っぽさ”が欲しいってこと?」
「まあ、そう」
 そんなことを言っても寝起きする時間が同じとは限らないし、合わせようとすれば余計お互いの身体に負担がかかる。私としては寝室も別にしたいくらいだった。
 疲れ果てて部屋に帰り、倒れ込むように眠ってしまいたい時、先に寝ているアリスターを起こしてしまわないかと心配するのは……正直、めんどくさい。

 しかし彼の泣き言を女々しいと一蹴するのは難しかった。もし結婚したのがアノーラであれば、アリスターの望むような夫婦にもなれただろう。彼女には好き勝手が許されるだけの権力があったからだ。
 私がアリスターを愛するそぶりを見せれば、グレイ・ウォーデンが国を私物化したと見られる。
 フェレルデンは王のものだ、アリスターにはこの国を自由にする権利がある……と言い張れるほどの力がない。私もアリスターも、まだ彼はグレイ・ウォーデンとして見られている。個人的な望みは叶えられない。
 彼が私欲のために玉座に就いたと責められる要因を作りたくない。
「毎日じゃなくてもいい、実感がほしい。顔を見られない時でも、お前がちゃんとここにいるんだって思えるような」
「つまり所有の証として私に首輪をつけておかなければ安心できないと」
「そっ……ち、違うと言いたいが、まあ要約するとそんな感じだな」
 でも、人目につかないところでなら、誤魔化すこともできるだろうか。少なくとも自室でまで“権力の象徴”でいる必要はない。
「分かった。夜はなるべく部屋に戻るようにする」
 抑えようとしても声に疲労が滲む。アリスターが自己主張しにくくなってるのは私のせいだ。分かっているが、どうしたらいいのか誰も教えてはくれなかった。

「その代わりに、私からもお願いしたいんだけど」
「えっ! あ、ああ、いや、もちろんいいぜ。聞くよ。……とりあえずは」
 こちらが先に譲歩した以上、何を頼まれても断りにくい空気のせいでアリスターは明らかに狼狽えていた。彼は私がハイエヴァーに住みたいと言うのを恐れているらしい。だから私の願いなど聞きたくないんだろう。
 ……彼は分かってない。私が帰りたいのはハイエヴァーではなく自らの過去だった。それが不可能なのは重々承知している。そしてファーガスがこれから再建するクーズランド家に、私の存在は邪魔になる。
 それでなくたって、私があそこに住みたいなんて言うはずがないのに。
「アマランシンに行ったあと、ハイエヴァーに寄りたいんだ」
「やっぱり……、じゃなくて。うーん、それは、でも……ダメってわけじゃないんだが」
「個人的な思い入れがないとは言えない。本当は南方へ先に行くべきだと分かってる。でもハイエヴァーには、あなたの義兄がいるんだから、気にかけてほしいな」
「……へ?」
「あなたの義兄。ファーガス・クーズランド。もう会っただろう。忘れたのか?」

 なぜきょとんとしているのかと思った。しばらく見つめ合って彼の困惑に気がついた。
 アリスターはどうやらファーガスを単に『私の兄』として認識しているようだ。それで彼の寂寥も腑に落ちた。彼がなぜ、私に捨てられることを恐れるのかと不思議だったけれど。
「私の兄なんだから、あなたの兄でもある」
 途端にアリスターの頬は真っ赤になり、両手で顔を覆って呻いた。照れているというよりは、認識の違いに気づいて恥じているらしい。
 ファーガスは彼の家族だ。でもアリスターにはその意識がなかった。だから“私だけが”ハイエヴァーに行くことを嫌がっていたんだな。
「……そうか。そうだよな。そうだった。俺はてっきり……ああくそっ!」
「どうも私たちには食い違いが多いみたいだ」
 彼の言う通り、もう少し話をする時間を持つべきかもしれない。本当に……噛み合ってしまえば些細なことなのに。悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなる可能性もある。すべてがそうであればいいんだけど。

「ああそれと、エルフの異民族区に母親を亡くした女の子がいる。彼女を連れて行きたい。ファーガスが面倒を見てくれるはずだ」
「そりゃ俺は構わないけど」
「心配しなくても孤児を拾って歩くつもりはないよ。ただ彼女の母親は、……ハイエヴァーで亡くなったんだ。襲撃の時に客人として城にいたから」
「……前に言おうとしたお願いって、もしかしてそれなのか? それだけ? 俺と……一緒にハイエヴァーに、行きたいだけ?」
「うん」
 ああとかううとか唸ったあと、アリスターは不意に気の抜けた笑顔で「ちょっと馬鹿みたいだったな」と呟いた。最も心に留めておかなければならないことなのに、私は彼が家族という存在に慣れていないのだと忘れてしまいがちだ。
「アリスター、これから先もいろいろあるとは思うが、あなたは私の家族だ」
 それだけは、いや、できればそのことだけを、覚えておいてくれればいい。そう言うと彼は泣きそうな顔で笑いながら、分かったと頷いた。
 すべきことが多すぎて目が回りそうだ。でも疎かにしてはいけない。一番大切なものが何なのか、私は知っているのだから。



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