おとぎ話を探す旅
炎を叩きつけて地面の雪を吹き飛ばし、適当にばら蒔いた薪に火をつける。イヴリンは外見に反して意外と豪快だ。それにどうでもいいことで躊躇なく魔法を使う。これがウィンなら、焚き火にせよ食事にせよ風呂でもなんでも魔法を使ってパパッとやってよと頼んでみても、ちゃんと自分で仕度をしなさいと素っ気なく突き放されたもの。
好奇心に満ちた私の視線に気づくと彼女はきょとんとした顔を向けた。
「もう一回魔法を使ってみせて」
不思議そうにしつつも分かったと軽く頷いて、踊るように足を踏みしめながら杖を振るう。少し離れたところで雪を割って氷の壁が競り上がり、すぐに消えた。
「前から思ってたけど、最近の魔道士はなんだかアクティブだな」
西部を旅してる間は人に出会わなくて気づかなかった。私がこの国を出る前には、知る限りのサークル・オブ・メジャイは魔法を使う時こうも激しく動かなかった。むしろ立ち尽くして祈りでも捧げ、ゆっくりと魔力を練り上げていく感じだった。
イヴリンの魔法はまるで剣舞、刃に反射したきらめきをそのまま放出するかのように、激しく速く、術者の動きを制限しない。
「そんな風に動きながら呪文を唱えられるのか?」
「こういうのは……背教者の魔法だ。サークルとはやり方が違う」
彼女は体の向きを変えて誰もいない宙に杖を掲げた。懐かしくさえある呪文が紡がれたあと、その杖の先から放射状に吹雪が噴出する。コーンオブコールドだ。
「周辺の自然を支配するような魔法は呪文がないと制御しにくい。最近はあんまり使われない」
「ブリザードとか?」
「そう、大きな集中力が必要だから」
「じゃあファイヤーボールやアイスタッチはどうなんだ? あなたも使ってるが」
「それくらいなら詠唱するほどの集中力はいらないけど、代わりに印契を使うんだ」
そう言うと彼女は両手の指で奇妙な形を作ってみせた。ああ、これもなんとなく覚えがある。魔力を術として発現するには本来しちめんどくさい儀式が必要なんだ。呪文も印契も儀式を簡略化したもの。魔法戦士が抜刀してると使えない魔法は、その印を結ぶため手を自由にしておかなきゃいけないからだ。
イヴリンは印を結んだ手の前に氷塊を作り出し、それを指弾のように飛ばして地面にぶつけた。……でも彼女、確かアイスタッチも杖を振り回しながら使っていなかっただろうか? さっき薪に火をつけたのだって小さなファイヤーボールのようだった。まるでボウガンから矢を射出するように、素早く無造作に魔法を使っていた。
私の疑問に気がついたのか、彼女は再びあのステップを踏んで魔法を使う。しゃべりながらだ。もちろん集中なんてしていない。
「これは印契の代わり。体を適切に動かすことで精神を高揚させる。そうやってマナの放出に耐えるんだ」
「アヴァーのシャーマンがやる祈祷舞踊みたいなものか」
「そんな感じ。一時的に精霊と一体化する……少なくとも、しやすくなる」
「マナを使わないスペルウィスプってとこだな」
考えてみればモリガンやデイルズの魔道士のようないわゆる生まれながらの背教者たちは、魔法を使う時にサークル・オブ・メジャイの行う動きをしていなかった。呪文の詠唱とか、印契とか、そういったものは知る由もない。彼らには独自の作法があるのだ。
変身使いなんて走り回りながら術を保ち続けてるようなものだし、クマは呪文を唱えられないが、魔法は依然として継続している。
「呪文も印も教会が定めたものだから避けたかったんだと思う。カレッジが解体されてから舞踊が広まった。でも本当は危険なんだ。威力もまちまちだし、精度も不安定だし」
「ああ、よく外すもんな」
「うっ……」
サークルの教則は精神を安定させ魔法から術者を守る。安全だが発動に手間がかかり、教本に習うばかりで魔法の本質を学べるとは言い難い。背教者のダンスは精霊と交信し自己を高めて魔法を強くする。即座に発動できるが加減が難しく、暴走の危険性は格段に高い。良し悪しといったところだ。
「はい、イヴリン教官! 質問があります!」
「えっ。な、なんだねエリッサくん、言ってみたまえ?」
意外なノリのよさに思わず吹き出したら彼女は頬を赤く染めて俯いた。言ったあとに自分でもちょっと恥ずかしかったらしい。
「さっき『自然を支配するような魔法は呪文がいる』って言ったけど、基準は? テンペストは剣を持ちながらも唱えられるけどブリザードは印契がなきゃダメ、というような差はなぜできる?」
「えぇと……違いはイメージのしやすさ、かな」
「なんだ。そこはえらく曖昧だな」
「学派の違いについては詳しくなくて……。でも、想像そのままに発現できるような魔法は印を必要としないんだ。落雷や地震は炎や氷よりイメージしやすいでしょう」
なるほど。確かに、雷なんかは現実にも軌道がはっきりしているから形としてそこに『在る』と想像するのは易い。地震やインフェルノのように大掛かりな魔法も命中精度を求められないから、呪文を唱えて発動さえできればいいってことだ。
「個人的には、凝縮しなきゃいけないものは制御しないとうまく実体化できない。氷の魔法とかファイヤーボールとか」
「逆に拡散しなければならない魔法も」
「ブリザードとかね」
燃え盛る炎を思い浮かべろ、と言われてそれを正確にできるだろうか? 私には無理だな。想像してみることは可能だ。“なんとなく”なら。しかし距離や大きさ、揺らめく炎の輪郭、その熱さ、細部に至るまで正確に思い浮かべることはできない。想像力には限界がある。
だが例えば、木切れを組んでその上に炎を思い浮かべろ、となると多少やりやすくなるだろう。まわりに壁を立てて大きさを計りやすくすることもできる。なにがしかの基準があれば、想像の炎は次第にその輪郭をはっきりさせる。あとはマナを注ぐだけ。
「想像の不正確を補うのがサークルの定めたルール、か」
つまりそれが魔法、魔術の法則。白紙のキャンバスを渡されて絵を描けと言われても仕上がりは千差万別だろうが、この見本を写せと言われたなら誰でも同じ絵を描ける。個性なんて誤差の範疇だ。
いちいち火球の形を必死になって思い描くよりも頭に叩き込まれた“ファイヤーボール”のスペルを打ち出す方が簡単だから。それはどんな形で、どれくらいの大きさで、どこまで飛び、如何程の威力があるのか定義されているから。
「新しくできた魔法も、これからサークル・オブ・メジャイに取り入れられていくと思う。この速さを保って安全面を考慮されたスペルができたらいいんだけど」
そういえば教皇ヴィクトリアは審問会の魔道士だったな。というよりも、元オーレイ帝国の宮廷魔道師か。鬱屈した魔道士が権力を握るのはどうかと思うが彼女はむしろ政治家と呼ぶべき野心的な人間だった。魔道士への同情心から道を誤ることはなさそうだ。
新たなサークル・オブ・メジャイには適当な地位が築かれてゆくだろう。それが今までよりも良くなるか悪くなるかはともかく……一度堰を切って世界に溢れ出した以上、魔法はもう未知の恐怖ではなくなる。こんな風に、尋ねれば答えてもらえる。それはとてもありがたいことだ。
秘密は有効な武器になる。だからそれを振るわれないためには他人より多くを知っておかなければならない。私は何よりも魔法の秘密を欲していた。それが教会の魔法であれなんであれ、例え直接にはブライトの秘密に結びつかないとしても、魔法の働きを熟知しておくのは私の歩むべき道を探る手がかりになる。
「さっきから思ってたけど、あなたは魔法に詳しいな。魔道士以外は普通、スペルの種類だってよく知らないのに」
それはアリスターから魔法の利点と欠点、うまい避け方や妨害の仕方を徹底的に仕込まれからだ。昔ながらのサークルの魔法についてなら不真面目なメジャイよりは詳しいだろうと思う。
比べるといわゆる背教者の魔法には少し弱い。モリガンの使っていた変身魔法や魔法戦士の戦い方、あとはデイルズの伝承者に受け継がれる魔法を僅かに聞き齧った程度だ。
「……まあ、教会認可の魔法なら大体は知ってるよ。うちにサークルの書物がたくさんあったからね」
学派の成り立ちや基礎原理について書かれたものをつまらなく感じて読み込んでいなかったのが悔やまれる。子供心にはスペルの解説書の方が派手で面白かったんだ。
「しかし、昔は何も気にせず読み漁ったものだが、後から考えたら我が家は違法な書物がたくさんあったな……」
どうせしばらくフェレルデンにいるのならハイエヴァーに帰って書斎に籠るのもいいな。今また読み返せば新しい発見があるかもしれない。忘れているだけで第一次ブライトに関する研究書だって、もしかしたら紛れているかも。それは楽観的すぎるだろうが、何かしらの役に立つ本の一冊くらいあるはずだ。
それに、大人しく家にいればアリスターもうるさく言ってこないだろうし。
我が家の記憶に思いを馳せていたところ、なにやら熱視線が突き刺さって顔をあげたら、イヴリンがきらきら輝く瞳を私に向けていた。
「……いいなぁ」
「読書が好きなのか?」
「うぅん。なんていうか、調べものが好きなんだ」
それはいい趣味だ。何事も知らずにいて得をすることなんてないのだから。興味があるならうちに来るかと聞いたら彼女は一瞬とても嬉しそうに表情を綻ばせ、すぐに不安げに眉をひそめた。
「で、でもあなたの家にある……ってそれは、王宮の秘密文書なんじゃ……私に見せていいのか?」
「ん? ああ、いや今のはデネリムじゃなくハイエヴァーの話だよ。生家の書斎だ。祖父が学者だったから、本はかなりの量があった」
燃やされてしまったもの、売り飛ばされてしまったものも多いけれど、アマランシンで得た伝手を利用していくらかは取り戻したし、ファーガスも在りし日のように書斎を貴重な書物で一杯にすべく十年間苦心してきた。
イヴリンは知識欲に胸を躍らせているようだった。今まではきっと、世界を背負わされた重責から個人的な好奇心を満たす余暇もなかったんだろう。彼女らしく遠慮がちに、それでも興味を抑えきれず私の袖を引いてきた。
「……行ってもいい?」
「来るかって言ったのは私だろう」
「う、うん!」
ひだまりのような金髪、深い色をした美しい瞳、保護欲を掻き立てる仕種、健気で控え目で、どこか危うげな微笑。かつてその人が「私は開かれた本だ」と言ったのを思い出す。あまり自覚はなかったが、私はやっぱりこういう女性に弱いのかもしれないな。魔法の研究を抜きにしても、ただ単純に彼女の望みを叶えてやりたいなんて思ってしまった。