ファレン×エイデン



 半ば無理やり押しつけられた「情熱的な愛の技術」なる書物、その気品ある装丁が惨めな気分を引き立たせた。
 しっかり読んでおいてなんだが、俺がそんな技術を体得したところでどこに使い道があるっていうのか。そんな愚痴をこぼしたら、私で試してみればいいじゃないかとエイデンは言った。あまりのことに返す言葉もない。
「どうぞ」
 椅子に腰かけたまま目を閉じて唇を差し出すように彼は待つ。優雅で無防備なその顔を眺めてみると改めて美しさに感嘆する。
 ドワーフから見れば人間なんて皆一様に華奢でやわらかくて綺麗で、しかしそんな中でも整った容貌のエイデンを前に、まったく反応しないわけではない。種族差の前には性差なんて些細な問題だ。
 いくら相手がいないからって、耳年増が悲しいからって、試しに男とキスするのもよっぽど切ない、虚しいばかりの自暴自棄だ、と思ったのは一瞬だけ。
 ふと気づけばエイデンの座る椅子に膝を乗せ、それでも俺より高く位置する肩に手をかけて、昔に夢見たような甘い恋を思い描いて口づけていた。
 例の教本がまるで意味を成していない稚拙なキスだ。心持ち薄めの唇は意外と温かく、柔らかく、無味で、拒絶なんて言葉知らないとでも言いたげに優しい。
 恋を錯覚しそうなほどドキドキする。俺が慌てて顔を離すと、エイデンはうっすら唇を開いて挑発的な笑みを浮かべた。
「……それだけか、ファレン? ケイブリアはもっといろいろ書いてただろう」
「いえ、いえもう、大丈夫です、はい! ありがとうございます!」
「あはは、何がありがたいんだか。まあ、どういたしまして」
 普段から何を考えてるのかよく分からない人だ。不用意に触れて厄介なことにならないよう個人的な関わりを避けていたのに。こういう、こんなのは困るのだ。
 ほんの数秒の口づけの余韻を探してしまう。混乱していたせいでよく分からなかった。できるならもう一度試してみたい。彼は拒否しないだろう。いやいや、いや、何考えてんだ俺。
「もういいのかー。まあ君がそう言うなら。私はいつでもおかわり自由だからね」
「もっ、もういいです、ごちそうさまでしたっ……!」
「ふふっ」
 誘惑に負けそうになる。謎めいた彼の奥底に足を踏み入れたくなってしまう。キスよりもっと深くに。



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