横に列べる醜態



 白骨化した何者かの死骸から小汚い短剣を抜き取ってバックパックにしまいこむ。振り向きながら立ち上がろうとすると、目の前にアリスターの顔があった。
 唇が触れそうな至近距離、驚いて飛び退こうとした彼は混乱のあまり足をもつれさせて転び、私は溜め息をついて彼の腕を引っ張り起こす。ただでさえ大柄な上に重装備の彼は、さすがに重い。
「わ、悪いな、度々、何回も……」
 まったくだ。地底回廊に入ってから数えるのも馬鹿らしくなるくらい同じことを繰り返していた。最初の一回目、振り向き様にアリスターの胸当てで思いきり顔をぶつけてから私も警戒しているんだが、他のことに気をとられるとつい無防備に立ち上がってしまう。
 また衝突するのは御免だ。その事態を避けるためには、彼にも協力してもらわなくてはいけない。
「アリスター、頼むからもう少し離れて歩いてくれ」
「それは無理だ」
「……」
 即答されて腹が立ったので思わず睨みつけてやると、彼は慌てた様子で手を振った。
「いやあの、だってはぐれたら危ないだろ? こんな入り組んだ迷路にいるわけだし、離れて歩いてお前を見失ったら困るからさ」
「そこまで離れろとは言ってない。ぶつからない距離にいればいいんだ。そして真後ろから覗き込むのをやめろ」
 つまり、普通程度に離れた位置にいてくれればいい。そんなに密着して歩く必要はまったくないのだから。
 たまに戦闘が始まったのにも気づかないほど遅れてついてくる千鳥足のドワーフを少し見習ってほしいくらいだ。……まあ、あそこまで距離を取られても本当に迷子になりそうで困るが。

 ブライトが起きてから群れの大半が地表に移動しているとはいえ、地底がダークスポーンの巣窟であることに変わりはない。いつも以上に、獣どもの気配に注意していなければならない時だった。
 そう、アリスターにぶつからないように、なんてくだらない心配をしてる余裕はないんだ。もっと気をつけなければいけないことがたくさんある。
「迷子になるのが不安なら、視認できる距離を保てばいいだろう。行き止まりにまでくっついて来られたらぶつかるに決まってる」
「でも先に向かってるのか寄り道してるだけか、ぴったりついて行かなきゃ分からないじゃないか」
「じゃあ何か……『あそこに落ちてるのが単なるゴミか売れそうな落とし物か確認して拾ってくるからここで待ってて』なんていちいち言えとでも?」
「それは……あー、格好つかないかな? ははは……」
 正直なところ、死体を漁っているだけでも心が荒む。どこまで落ちぶれて生きなければならないのかと創造主に唾を吐きたくなることもままあった。だが道端に転がる死体にまで縋らなくては飢え死にしかねない状況にあるのも事実だ。
 年月を経てただのぼろ切れと化した衣類、傷だらけで放置された装備品、粗末なアクセサリーに宝石類、挙げ句に生皮や怪物の肝でさえ……落ちているもの、生者が手にしていないものは手当たり次第に拾い集めて換金する。そうしなければ金が足りない。旅が続けられない。戦えない。
 真後ろにアリスターがいるのに気づかないほど、目線の先でちらりと光る財宝のことで頭がいっぱいなのだ。それを自認するのは耐え難い屈辱だった。
「ここは死体だらけだ。置き捨てられたものを集めておけばオーズマーにでも地表にでも戻ってから売り捌ける。何も見逃したくないんだ、邪魔しないでくれ」
「邪魔するつもりはないんだが……」
「実際、邪魔になってる」
 そしてできることなら、私がみっともない真似をしているのだと自覚させないでくれ。関わらずに放っておいてくれ。そう言外に含めるとアリスターは困惑した顔で目を逸らした。

 そもそもなぜ彼がやたらと距離を詰めてくるのかが分からない。罠にかかる可能性もあるので先頭を行けとは言わないが、私が先に立つならアリスターは殿をつとめるべきだ。
 思い返してみればコーカリ荒野でダークスポーンの血を集めた時はそうしていた。襲い来る怪物にいち早く気づけるように、彼は仲間全員を視界におさめて一番後ろを歩いてきたのに。
 前回の衝突で「離れて歩け」と言った時アリスターは、先頭を行く私が真っ先に敵から狙われる危険性を言い訳にした。広い場所ならそれも尤もだが、こんなに狭い通路で戦うのなら無関係な話だ。
 私が前にいようと後ろにいようと、ダークスポーンと遭遇すれば否応なく乱戦になる。敵との距離は考える必要がない。だからこそ前線での戦いを得意とする者だけ連れてきたんだ。今のパーティは全員が前衛だった。
「周りはダークスポーンだらけなんだ、少しでも索敵範囲を広げるために私とあなたは離れているべきでは?」
「それくらいの距離じゃ感知できる範囲も大して変わらないって。俺たちのどちらかが気づく時には、やつらの方もこっちに気づいてるだろうからな」
「でもそれはあなたが私に近づく理由にはならない」
「えっ……そ、そりゃまあそうなんだけど……うぅ」
 ああ、厳密に言えば“なぜ彼が距離を詰めてくるのか”は分かっていた。
 戦士として仲間の盾にならなければとか、はぐれるのが怖いとか、そういう理由もなくはないのだろう。でも一番は、アリスターはおそらくただ単純に、私の近くにいたいのだと思う。

 オスタガーを共に生き延びたという愛着から彼は私に興味を抱いていた。それからの時間をほとんどすべて一緒に過ごし、彼は好奇心を恋に昇華させようとしている。人としての欲のために、触れ合える距離を求めているんだ。
 それだけなら別に構わない。戦いの中で心安らぐ時を作るのもいいだろう。私だって人が恋しくなることもある。
 だがアリスターにとって私は、ダンカンとの思い出のよすがだ。私を想う気持ちがなんであれ、あの男が残した希望に縋ろうとしているのは間違いなかった。……冗談じゃない。
「もう一度だけ言う。私から五歩以内に近づくな」
「わ、分かったよ。そこまで冷たく言わなくてもいいだろ……」
 ぶつくさと文句を言いながらも地面を見つめ、もそもそ足を動かして私から離れる。大袈裟に言っても足の裏五つ分ほどしかない距離で立ち止まると、アリスターは恐る恐る顔をあげた。
 まあ、必要なだけの距離はある。身動きしただけでぶつかる距離ではないと言えるかもしれない。確かに。だが。
「……普通の歩幅で五歩だ!」
 一部始終を面白そうに眺めていたオグレンが耐えきれずに腹を抱えて笑いだした。回廊に入る直前に出会ったばかりの、この酔っ払いでさえもうアリスターの想いに気がついているだろう。
 修道騎士として鍛練を重ねてきただけあって集中力も自制心もあるけれど、アリスターは自分の気持ちを秘めておくということをあまりしない人だった。
 決定的な言葉は交わしていない。でも、私へ向ける視線に熱を伴った変化が起きているのは、きっと仲間全員に知られている。

 こんな時代、こんな立場にあって大切だと思える相手がいるのはいいことだ。誰かを愛することで得られる強さもある。だがそれを私に向けられた時、煩わしいと思ってしまう。問題はそれだ。私には彼に応える気持ちがまったくないのだった。
 愛情は無限に湧いてくるわけじゃない。誰かを愛すれば足りなくなった心を埋めるために同じものを欲するようになる。もしアリスターが私に彼と同じ心を求めてきたらとても厄介だ。
 私には彼に与える愛も求める愛もない。そういうものはハイエヴァーに置いてきた。
 頼み事があれば叶えたいと思う。危機にあえば助けたいと思う。友情なら確かにある。アリスターは大事な仲間だ。でも、それは恋じゃない。
 オスタガーの生き残りであることなど興味がなかった。同じグレイ・ウォーデンであるというのはむしろ忘れたい事実だった。私がアリスターを必要とすることがあるならそれはただひとつ、彼の利用価値についてだけだ。
 もしセイリンの血を引いていなければ、彼は他の仲間たちと何から何まで同等だった。個人的に彼を特別視する理由は、私にはない。
 ゴミですらも拾い集め、利用し尽くしたらあとは捨ててしまうのに躊躇もしない。そういう私が彼の純粋な恋心に応えることはできない。
 好かれているのが、それを感じ取ってしまうのが煩わしかった。アリスターはもっと、愛情を分け与える余裕のある女と恋をするべきだ。自身の命よりも重要な使命など背負わず、その使命のために気持ちを捨て去った女なんかではなく。



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