Pretty Rabbit



 菜園のトラップにウサギが引っかかっていた。可愛い顔しても畑を荒らす害獣だと分かっちゃいるが、こういう小動物を殺すのはどうも苦手だ。クマやオオカミだって向こうから襲ってくるんじゃない限り積極的に手を出したいと思えないのに。相手の方に殺意がないと、どうにも一方的な虐殺に及んでいるようでやりにくかった。オーガやハイドラゴンと戦う方がずっと気楽だ。
 幸いにというべきか、ウサギはエリッサが「シチューにしよう」とか言って何の躊躇もなくシメてくれた。彼女はその辺りまったく気にする様子がない。子供の頃から狩りに慣れてるせいだろう。
「かわいいウサギだと思うから罪悪感がわくんだ。あ、肉だ、って思えばいい」
「死んでればそう見えるんだけど、生きて動いてると躊躇しちゃうんだよな」
 そいつは人間を殺す時だって同じだ。今まで俺たちが戦ってきた相手、盗賊や邪悪な魔道士にだって人の心があり過去がある。悪人とは言い難い普通の人間を殺したことだってある。何かがひとつ違っていれば俺が守るべきフェレルデンの民であったはずの人々を殺してきたのだと、自覚すると歩みが止まる。
 相手の人間性までいちいち考慮してたらまともに戦えやしないし、そんなことしてる間にこっちが殺されて終わりだ。ウサギもオオカミも、凶悪な殺人者も追いつめられた難民も、何が違うのか本当は分かってないくせに、相手によっては殺したくないなんて選り好みしていいんだろうか。それは傲慢にも命の価値を格付けしてるってことじゃないのか?
 肉の塊を前にして思い悩む俺にエリッサが苦笑する。
「べつに深く考えなくてもいいんじゃない。何かを可愛いと感じるならそいつは生きてるだけであなたに利益をもたらしていることになる。大なり小なり自分にとって価値あるものを殺したくないと思うのは当然だ」
「なんかそう言われると身も蓋もないな」
「どんな生き物でも必要に駆られて他者を殺しながら生きている。それが自然だ。殺したいから殺すのでない限り、構うことはない」
 これが教会で“命は大切にするものだ”と頭に詰めこまれた俺と、我が身でそれを体験してきた彼女との違いなのかもしれない。主が命を与えたあらゆる生物に対して、これは弱くて可哀想な生き物だから殺してはいけないとか、これは邪悪なものだから殺してもいいとか、勝手に決めるなんて考えてみればひどく傲慢だ。
 エリッサはマバリが大好きだが、それはほとんど自分の犬限定だ。どんなに凛々しく雄々しく彼女好みの犬でも自分に襲いかかってくる相手なら躊躇せず真っ二つにできる。だから厳密には“マバリが好き”なわけじゃない。
 自分に利益をもたらすかどうかに強く拘るのはつまり感情や偏見に惑わされずありのままを見ているということでもある。たぶん彼女は、そして多くの狩人たちは生物の種類に境界線を引いていないんだ。害を為すなら殺し、利が有るなら殺し、自分と大切な者の糧とする。彼女のためになるかどうか。大事なのはそれだけだ。
 ついでに言うならエリッサはウサギのシチューが好きだ。だからまあ、うちの罠にかかってくれてありがとうと感謝はしつつ……、だけど菜食主義に転向してみるのも手ではあるよな、なんて性懲りもなく考えたりする。やっぱり可愛い顔した生き物を殺すのはいやだ。



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