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この家が何なのか薄々は感づいてたんだがエリッサには聞きにくくいものだからずっと黙っていた。今日、近所に住むおばさん方の口から偶然オリアナの名前が出て、ああやっぱりなと思う。ここは彼女の生家だったんだ。
今は辺り一帯に広がり御近所総出で管理してるブドウ畑だが、元々は家族数人で細々と世話をするだけの小さな農家だった。オリアナの母親はこの家の下女、父親は近くの村から働きに来ていた農民で、二人が亡くなったあとオリアナは慎ましくも精力的に働き、一家の娘として大事に育てられた。
彼女が年頃になった時、ブライス公爵に連れられてアンティヴァにやって来た若き公子ファーガスは彼女に一目惚れして国にも帰らず通いつめ、ついに帰国する日にほとんど誘拐するような形で彼女をフェレルデンへ連れ帰ってしまった。兄がそんな無思慮な行動に及ぶとは意外だったが、あの朗らかな男がそこまで思い詰めるほどオリアナを愛していたのだと思うとなんだか俺までドキドキする。
二人が互いに好意を寄せあっているのは傍目にも明らかだったので、ファーガスが結婚を申し込んだら一家も反対はしなかった。ただしクーズランド公爵夫妻の方は、妻となるべき女性の家族に対する息子の無礼に激怒してファーガスをアンティヴァに送り返した。そしてオリアナがハイエヴァーで何不自由ない暮らしを楽しむ間、ファーガスは五年間ここで誠意の限りを尽くして働きまくった。
彼はその間に生来の気安さで友人をたくさん作り、貧乏農家だった一家を有力者の子供たちや裕福な商人と結びつけていった。この農園がこうも大きくなったのはほとんどファーガスの功績だという。そうやって荒稼ぎした金で俺たちが今暮らしてる小屋を買い上げ、自分たち夫婦の家にしてしまったって話だ。
知人に借りてる家にしてはエリッサが心から寛いでるし、異国にぽつんと一軒クーズランドの所有する小屋ってのもおかしな気がしていたが、つまりここは親戚の家なんだ。
金持ちのわりに一家はのんびりした気質の人々で、距離を保ちつつも礼儀を忘れはしないエリッサとの接し方にも貴族と農家らしからぬ親しい空気。エリッサにとっては亡き義姉の家族、彼らにとっては恩人の妹。互いに敬意を抱いている。そしてオリアナの喪失という悲劇によって強く結びついていた。
ファーガス夫妻がフェレルデンにいる間はブドウ園の一家が“土地を借りる”という名目になっていた。菜園で得られるささやかな収穫の一部は“税”としてファーガスに納められ……というか、彼らの子であるオーレンのために一家が代わって管理してくれていたのだそうだ。その習慣は今でも変わりなく、小屋で得られた収入は僅かながらハイエヴァーに送られている。
兄さんは「皆によろしく」と言っていた。彼自身オリアナが亡くなってからまだアンティヴァに来ていない。たぶん不義理を気に病んでいるだろう。俺たちを快く受け入れてくれた一家の方でもファーガスを心配しているようだった。離れていても繋がってるのを感じた。彼らはお互いの心を分かち合っている。
ここにはクーズランド家の痕跡がある。それを消さないためにもエリッサはここに来たんだろう。そして俺はそういう家に招かれて家族として暮らすことを許されたんだ。
亡くなった人について話を聞くのは切ないものだ。だけど俺が出会えなかったオリアナのことをもっと知りたかった。クーズランド家について知るたび空っぽのまま放ったらかしてた自分の幼心が満たされた気持ちになる。
エリッサがどういう人たちに囲まれてどんな風に育ち、今の彼女になったのか、余さず知りたい。今と未来が俺と共にあるなら、未だ知らない過去のことまで手に入れたいと欲張ってしまうんだ。