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エリッサはどうもアンティヴァに滞在してる間は俺に仕事を言いつけたくないらしい。自分で与えた長期休暇を例えほんの僅かにでも自分で奪うのが屈辱的なんだろう。
とは言うもののやはり俺がフェレルデンに戻った時に留守中のことを一切把握してませんでしたってわけにはいかないから、何日か置きにアノーラの嫌味な手紙が届く。エリッサは「ちらっと目を通すだけでいい」とそれを俺に手渡すと返事も聞かずに小屋を出て行った。畑を見に行くんだろうが、心なしか落ち込んでいる。
彼女としては俺に王宮の一切合切を忘れていられる二ヶ月間をプレゼントしたかったようだ。そんな気にすることないのにな。むしろ結構、暇を持て余してたりするくらいだから少しコキ使ってくれてもいい。
数日分の手紙もとい報告書はなかなかの分厚さだが内容は大したことじゃない。領主や領地の変動、俺の側近が変わったとかなんとか。アノーラの人事は的確だ。俺のお気に入りだろうがなんだろうが容赦なく異動を命じ、それで王宮がより円滑に動くようになるし、そいつにもより相応しい職務が与えられるから誰も文句を言わない。まったく腹が立つ。
女王と相談してアマランシン伯爵領の後継を考えておけとか、エリッサの護衛を勤めていた兵士が一人退役するので後任を選んでおいたとか、その後任がオスタガーを生き延びたロゲインの部下だとか、思うにあいつは俺が嫌な気分になるようなことを厳選して書き綴ってるな。
ものの数分で戻ってきたエリッサが、テーブルに置きっぱなしの手紙と俺を見比べて困った顔をした。……「目を通してって言ったのにまだなの?」とか言わなきゃいけないけど言いたくないって感じだ。
「大丈夫、もう読んだよ」
「……これ全部?」
「うん。言われた通り、ちらっと目を通しただけだが」
エリッサは意外そうに目を丸くした。俺の仕事がいつもいつも遅いと思ったら大間違いだぜ。自慢にもならないけど。
「早いな。見るだけでももっと時間がかかるかと思ったんだけど」
「数少ない特技か? 速読っていうのかな。教会にいた時分に、勉強が嫌で身につけたんだ」
興味もない教会の規律や光の聖歌を覚えるために時間を割くのが無意味に思えて、とにかくさっさと頭に詰め込んでしまえとばかりに記憶力を鍛えた。ただ、内容を理解できてるかといえばまた別問題だ。
「……それはすごい特技じゃないか?」
「今まで役立ってないんだから分かるだろ。かいつまんで全体をざっくり読むのが速いだけで、細かい内容はすぐ忘れちまうんだよ」
「でもやっぱりすごいよ。私はそんなに速く読めない」
「お前は理解力が高いし、一度きっちり読んだらずっと忘れないじゃないか」
俺はホントにただ速いだけ。趣味の読書には便利だろうが仕事の役には立ちやしない。そして俺は本を読むより体を動かすのが好き、ときた。我ながらつくづく要領が悪いと思う。
つまらない手紙を一枚二枚とめくり、重要性は低いと判断したのだろうか、エリッサは返事に取りかかるでもなく俺の隣に腰かけた。なんでだろう、まだちょっと落ち込んでるみたいだ。
「興味を惹かれない文書を理解するのは時間がかかる。だから私は、読むのが遅いんだけど……」
「俺は逆に興味がないほど読み終わるのもすぐだな。さっさと解放されたい! って一心でね」
だから例えばお前にもらった手紙なら一行読み終えるまで一日仕事だったよって、冗談半分に笑いかけたらエリッサは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「べつにそんなこと気にしてないから」
「え……そんなこと気にしてたのか?」
「気にしてないってば!」
「お前の手紙を読み飛ばせるわけないだろ? 読み飛ばすほど長くないけど」
「うるさいな。どうせ一瞬で読めますよ私の短い手紙なんて」
「拗ねるなよ〜」
赤らんだ頬を指で突っついたら烈火のごとく威嚇された。くそー、可愛いな。俺に興味を持たれてないんじゃないかと気にするなんて。お前いつの間にそんな俺のこと好きになっちゃったの? なんて聞いたら益々怒るだろうか。でも聞いてみたい。半分ほど口を開きかけた俺を制するように、背を向けたままエリッサが言う。
「フェレルデンに帰ったら手紙や嘆願書の類いは直接あなたに回すことにする」
「えっ?」
「私が先に目を通して区分して渡すより早そうだ。これからはすべて自分でやってください」
今までの俺の仕事は一度エリッサが目通ししたものにひたすらサインしていくだけだった。いや一応は読んでるけど熱心じゃなかったのは確かだし、彼女も俺がろくすっぽ読んでないと思ってて、俺もそれを敢えて否定しなかった。だって書類仕事はつまらないから。
「つまらない仕事ほどすぐに終わるなら構わないでしょ?」
「す、拗ねるなよ……頼むから」
彼女がそのつまらない仕事を俺に丸投げすると俺がテーブルにかじりついて文字と向き合うだけの時間が極端に増えてしまう。くどいようだが、この特技は興味もない仕事に掛かる時間を短縮するために会得したのであって、真面目に能率を上げたいとか考えてやってるわけでは決してない。
嫌なんだよ。苦手なんだよ。楽しくないんだよ。やりたくないんだ。
「重要な手紙を読み飛ばしちゃったら困るだろ? 俺はお前がいてこそ一人前なんだからさ!」
なんだかんだ言って俺には優しいエリッサのこと、ちょっとおだてて甘えれば結局は折れてくれる、はずだったんだが。
「アリスター、この二ヶ月間あなたを思う存分甘やかそうと思う。でもそれで終わりだ」
「えっ……」
「半人前扱いして甘やかすのは失礼だと分かった。反省する」
しなくていいよ。何なんだ。誰か彼女に余計なことを吹き込んだのか。アノーラか。絶対あいつだな。エリッサが今まで俺の負担を減らすために庇ってくれてたのは分かってる。それをやめて一人前の国王並みに扱われることを思うと。……なんか、フェレルデンに帰りたくなくなってきた。