cooking ability



「今日はパンを焼いたんだ」
 とかいってバスケットを掲げて見せると帰宅したエリッサは驚愕のあまり目を見開き口をぽかんと開けて硬直した。その衝撃たるやガーンという音が轟いて彼女の背後に稲光が瞬く幻覚が見えた気さえする。
「おい、いくらなんでもビックリしすぎだろ」
「い、いや、ごめん。シチューとスープ以外も作れたとは知らなかった」
「失礼なやつだな。向こうの家で竈を借りてちゃんと、」
「ああなんだ小母さんが焼いたのか」
「俺が焼いたの!」
 やろうと思えば俺だって食材を洗って切って煮込む以外の料理もできるんだぞ。多少は。ちょっとくらいは。辛うじて。たぶん、できると言っても差し支えないはずだ。少なくともパンと呼べる物体には仕上がっている。計画段階ではもっと柔らかくなる予定だったんだが、まあいいだろう。
 フェレルデンでは見かけない白くてフワッとした物体を手に取って、エリッサは胡散臭そうに眺めていた。
「なんか頼りないな……」
「でも美味いぜ? フェレルデンに戻ってからの食生活が心配だよ俺は」
 ウォーデン時代に他国生まれの仲間の揶揄を聞き飽きるほど聞かされてきたものだが、「フェレルデンの飯は不味い」なんて多種多様な国のやつらが話題の共通化をはかるために定着した大袈裟なホラ話に過ぎないと、思っていた。実際に別の国に暮らしてみるまでは。
 パンなんて日持ちして腹が膨れればいい、ワインなんてパンを流し込めればいい、水なんて飲めたもんじゃない、それが俺たちの常識だ。味は二の次なんだ。しかしここアンティヴァでは、味こそが第一なのだった。そして次に重視されるのは料理の見た目だ。
 フェレルデンの飯が他国よりも不味いとしたら、それは絶え間なく襲ってくる敵との戦いの日々を生き抜いてきた歴史の証明だ。周りを敵に囲まれていながら食い物の味なんか気にしてはいられない。我々の先祖は自分に贅肉をつける間を惜しんで敵の肉を削いできた。それこそ我が国の誇りだ。しかし……。
 美味い飯は、人を幸せにする。それは豊かさの現れだった。まさしく平和そのものだ。明日みんなが食うものがあるかを心配するのではなく今日みんなが食うものの味を気にする余裕がある。
「アリスター、最近どんどん料理の腕が上がってる気がするんだけど」
 もそもそとパンを食みながらエリッサは小さく「やわらかくておいしい」と呟いた。
「成果が報酬に直結してるし、そりゃあやる気も出るさ」
「よく分からない」
「美味そうに食ってくれるのがそのまま御褒美ってことだよ」
 昔は料理なんて必要に駆られて仕方なくやるだけの面倒な仕事だと思っていたが、趣味として始めてからは楽しくなった。切ったり焼いたり煮たりするうち元の食材がどう変わっていくのかワクワクする。そして俺が作ったものをエリッサが食べてくれる、その反応を見るうちにもっと料理が好きになった。
 ずっと一人で始めて一人で完結するような遊びしかやったことがなかったし。俺が作ったものを口にして「美味しい」と彼女が笑う。フェレルデンをそういう国にしたいと、ここに来てから思うようになった。彼女と彼女の大切な人々に、食べることを楽しみだと感じられる余裕を与えてやりたいんだ。



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