予想はするけど煩悶はしない



 デネリム城門の内にはダークスポーンが溢れている。そして外からも次々と新手が攻め寄せた。なんとか突破して街に入ることはできたが、この戦況を保つのは至難だろう。戦いが長引くほどに兵の士気も落ちてくる。
 とにかくやつらは数が多かった。一体だけなら雑魚でしかないが、王都を埋め尽くす量ともなれば難敵だ。数の暴力に任せて街を蹂躙している。気を抜けば確保したばかりの広場も再び制圧され、増え続けるダークスポーンによって全軍が押し包まれかねない。
 この壁をぶち破って一刻も早くアーチデーモンのもとに辿り着くんだ。さらに厚くなるであろう防御を砕き、邪竜の首に剣を突き立てる。途方もなく困難な仕事だが不思議と焦りはなかった。
 運命が戦いによって決まるなら、俺たちには為せば成ることだと分かっていた。グレイ・ウォーデンはそのために存在するのだから。
 いろいろと脇道に煩わされはした。しかひ今ようやく与えられた使命を果たそうとしている。……そう、思っていた。
 走って、ただひたすら駆け抜けて、諸悪の根元を打ち倒し、二人で……一緒に帰ってくる。そのために今まで頑張ってきたんだ。少なくとも俺は、そのつもりだった。

 リオーダンの計画は、まず一番高い塔のてっぺんへ向かい、なんとかしてあの空を飛び回る邪竜を地に落としたら殺到してくるダークスポーンの群れに耐えながらドラゴンにとどめをさす、という単純極まりないものだった。
 はっきり言って計画と呼ぶのもおこがましい。“とにかく頑張って倒す”くらいの話だ。まあ、ここまできて綿密な計画も何もあったもんじゃないのは事実だった。
 周りはすべて敵、あとは真っ直ぐにぶつかって各々が敵を殺して生き延びて、アーチデーモンが倒れるまで剣を振り回し続けるだけだ。
 肝心要のグレイ・ウォーデンと少数精鋭の仲間を連れてダークスポーンが占拠する街中へ突入し、迅速に事を済ませなければならない。残るメンバーは全員で城門広場を維持する。エリッサは手際よく役割を振り分けた。
「私とウィンとオグレンでドラコン砦へ向かう」
「いいだろう。ここの指揮は誰に?」
「アリスターが適任だ」
 淀みなく答え、一切の反論を許さないとでも言いたげなエリッサの頑固な瞳と向き合ってリオーダンは小さく諦めの息を吐いた。渋々と彼が頷くのを呆気にとられて見ていた。もっと食い下がってくれよなんて身勝手な怒りが沸き上がる。
 リオーダンがどう言おうと決定権を握ってるのはエリッサだ。どうせ結果は変わらないと、俺も分かってるけど。

「皆、ここで踏み留まってくれ。これ以上ダークスポーンを街に入れるわけにはいかない。……では、我々は高台へ向かおう」
 俺が口を挟む隙もなく、エリッサはこれまで旅を共にした仲間たちに囲まれながら互いの無事を祈って手短に言葉を交わしている。
 もしあの儀式を行っていなかったならエリッサが俺を置き去りにするのも頷ける。フェレルデンのため、俺はグレイ・ウォーデンとして身を捧げるわけにはいかなかった。生きて玉座を守らなければならない。
 だけどモリガンを信用するなら、うまくやりさえすれば戻ってこられるんだ。これが今生の別れになるわけじゃない。だからこそ二人で挑むべきなのに。そのために俺は……。
 でもエリッサは、俺に意見を求めることすらしなかった。

 彼女の目を覗いた瞬間、俺が何を言っても彼女は絶対に意見を変えないだろうとは分かった。いつも以上に頑固な顔をしている。リオーダンがあっさり引き下がったのも無理はない。
 それでも、納得いかないし大いに不満だというのは伝えておかないと。俺だって漫然とすべてを受け入れてるわけじゃないんだからな。
「……俺を連れては行かないって? 真っ当な理由があるんだろうな?」
「あなたを危険な目に遭わせたくないんだ」
 俺をか、それとも“未来の王”をか。今更そんなことを言うなんていっそ侮辱にも等しいだろう。
 必要だと思うことなら少しも動じずに人を傷つける言葉を吐くエリッサを、たまにひっぱたきたくなる……とは言わないまでもそろそろ一度本気で怒ってみてもいい気がするんだよな。
「俺も同じ気持ちだとは思わないのか? お前を一人であそこへ行かせたくないって、思ってるに決まってるじゃないか!」
 どうせここにいたって危険な戦いに身を投じるのは同じだ。アーチデーモンに近づくほど危険が増すのは確かだが、こっちだってイシャルの塔みたいに不意をついてダークスポーンが押し寄せるかもしれない。もはやデネリムに安全な場所などないんだ。
 走り出したからには終局を迎えるまで止まることはできない。強いて言うならお互いの隣が一番、生き延びられる見込みの高い場所だった。

「言っても聞きやしないのは分かってるが、俺も一緒に行くべきだ。そうしたくないなら俺を納得させてくれ」
「戦うのは私の役割、王の居場所は民のいるこちら側だ」
「違うね。俺の居場所はあの中だ。どうなるにせよ、終わりを迎えるならお前と二人でなければ……」
 彼女の瞳が僅かに怯んだ。言われるはずの台詞はなんとなく想像がつく。王をアーチデーモンにくれてやるつもりはないとか、生きるも死ぬもフェレルデンのためであるべきだとか、グレイ・ウォーデンの使命に殉じたりするなとか。
 エリッサはフェレルデンのためだけに行動している。この国の未来のためだけに俺を玉座に就けたんだ。
 俺がダークスポーンの群れに突っ込んで万が一にも死ぬことを恐れている。正確には、その後アノーラが王位を継ぐ際にまた争いが起きるのを避けたいんだろう。それだけだ。
 だが彼女は、俺の予想だにしなかった言葉を囁いた。
「あなたがいると気が散るんだ。それは避けたい」
「……そいつは、むしろ誉め言葉だよな? そう思っておくとしよう」
「何でもいい。離れて戦うべきだ。そうしたら……あなたのもとへ帰るために、きっと死んでも死ねないだろうから」

 反論すべき言葉が萎んで消えた。ちょっとした幸福感さえ抱いている自分に腹が立つ。
 不本意だが、彼女の言い分にも一理ある。一緒にいる、そばで戦ってるという安堵感は隙を生むだろうし、もし目の前で彼女が死にそうになったりしたら俺は、何を考える暇もなくこの命を投げ出して庇おうとするだろう。逆もまた然りだ。
 離れていればこそ再び会うために生き残ろうと足掻く。ああでも嫌だ、納得なんてしたくない。なのにもう時間がない。
「大丈夫だ、アリスター。私が死ぬはずないだろう。望むと望まざるに関わらず生かされてきたんだ」
「分かるもんか。……あの中では気をつけるんだぞ。ドラゴンに踏み潰されても死なない体になったわけじゃないんだぜ。くれぐれも油断するな。ちゃんと俺のところに……帰ってこいよ」
 触れるのが怖かった。別れを惜しんでるみたいで手を伸ばせなかった。彼女は口元に微かな笑みを浮かべ、力強く俺に頷いたあと背を向けた。
「我が名誉に懸けて、あなたのもとへ戻ると約束する」
 市場への大通りに続く門に向かって彼女が足を踏み出した。死出の旅へ発つ英雄のように歩くのはやめてくれ。彼女の向こうに聳え立つのがまるでオーズマーの門に見えてくる。
 これが最後じゃない。そうに決まってる。でも、俺にできることはもう何もない。あとは運命の為すがままだ。

 エリッサたちが出発してしばらくは静かだったが、一時間もせず敵の増援が現れた。生き残ったデネリム兵を加えて軍をまとめあげ、新たなダークスポーンが一匹たりとも街へ入らぬよう防衛線を敷く。
 崩れかけた城壁の向こうでは数の多い北方男爵領の軍が挟撃で奴らを圧殺している。乱戦は避けたいところだが、残念ながらすぐに敵味方が入り乱れそうだ。
 人垣を掻い潜ったジェンロックの集団が俺をめがけて殺到してきた。そこに矢の雨が降り注ぐ。あの長弓兵を率いる女性……諸侯会議で話してたのを覚えている。ウェイキング海のアルフスタナ男爵だ。
 健脚で鳴らす男爵領の馬に跨がった彼女の軍はとにかく行動が早く、会議が終わるなり風のようにレッドクリフに向かい瞬く間にダークスポーンを撃退した。その足でデネリムに取って返すと、先陣を切って包囲を突破した。彼らの戦意はかなり高い。
 少し離れたところに胸壁が崩れてちょっと高い足場になっている場所がある。レッドクリフの兵をやって周囲のダークスポーンを排除させた。あそこを弓兵の拠点にしてもらおう。
 凄まじい奮戦を見せるのは盾に猛々しい雄牛の紋章をつけた部隊だ。兵の数が少ないにも関わらず狂戦士にも劣らぬ勢いでダークスポーンを殺しまくっている。
 他にも指揮官の中に見覚えのあるような顔がいくつかあるが、よく分からなかった。盾を覚えておいてあとでエリッサに聞くべきだろう。そうだ、彼女が帰ってきたら、尋ねればいいんだ。
 地底から馳せ参じた死の軍団の面々は生き生きとして殺戮を繰り広げている。息の根を止めるには到らなくとも必ず敵の足や武器を持つ手を切り落として、一撃で行動不能に追い込む手際の良さはさすがだ。
 歴戦のガードル隊長は精鋭を率いてドラコン砦に向かった。彼がエリッサの背後を守ってくれるのは心強い。

 息を切らしてダークスポーンを切っている内に、市場の方角に感じていた気配が消えた。エリッサがダークスポーンの将軍を見つけて殺したに違いない。もう一体の気配はエルフの異民族区に向かっている。
「イーモン伯爵! 兵を市場まで進めて彼女が開いた道を確保してくれ。異民族区にはデイルズエルフをやれ。彼らなら物陰や屋根の上から一方的に狙撃できるだろう」
「は、ただちに!」
 人形を使っての戦争ごっこは楽しいが、現実は不愉快だ。自分の命令ひとつで人が死ぬ。でも怖がっている暇はない。
 ウォーデン仲間と行った実戦訓練を思い出していた。少人数で地表近くのダークスポーンの巣を侵略するんだ。ダンカンは部下全員に一度は作戦の指揮を執るよう命じた。そうやって、誰も死なないためにはどう動くべきかを学んできた。
 俺がうまくやれている限り、彼女もうまくやっていると確信できる。
 それにしても妙なのはダークスポーンの動きだ。グレイ・ウォーデンである俺に寄って集って襲いかかると思ってたんだが、近くまでやってきた奴らはなぜか急に俺を見失ったように周りの兵士へと視線を移した。お陰で冷静さを失わず全体を見渡して戦況を把握することに集中できるのはありがたいが。

 伝令に指示を飛ばしつつ一体のハーロックを目で追った。
 城壁の隙間から入り込んできたそいつは俺の気配を察知して走り出した。襲いくる兵を避け、矢を剣で弾きながら俺を視界におさめる、寸前……ふと何かに気をとられたように余所見をし、そこへ矢が飛んできて事切れた。
 目にしたものの意味するところが分からなかった。呆気にとられていたら、影からシュリークが飛び出してきて、無意識に盾で弾き飛ばすと魔法の稲妻がそいつを貫いた。モリガンに助けられるなんて屈辱だな。
「……一応はありがとうと言っておく。きっと何かを企んでるんだろうけど」
「べつに。間抜けな男が愚かにも死んだりしないよう監視してるだけよ」
「そいつはとってもありがたいな。視界から消えてくれた方がもっと安全になるぜ」
 そんなことを言われて意に介するほど繊細な神経をしてるはずもなく、モリガンは俺の皮肉など鼻で笑って周囲のダークスポーンに魔法の矢を飛ばす作業を続けた。

 エリッサに俺の護衛を頼まれたんだろうか。いや、違うな。たぶんこれはモリガンなりの感謝の印なんだろう。もちろん俺に対してじゃなく、こいつの要望に応えて邪悪な儀式に協力したエリッサへの感謝だ。
 血飛沫と埃と泥が舞い飛ぶ広場で皆が汗だくになって戦っている中、モリガンは涼しげな顔を保っている。魔道士なんだから当然とも言えるが、ダークスポーンに囲まれながら傷のひとつも負ってないのはやっぱり不思議だ。そしてある記憶が蘇る。
 イシャルの塔から救い出されたすぐ後のことだ。荒野を抜けてロザリングへ向かう道すがら、モリガンはダークスポーンが俺とエリッサの気配を嗅ぎ取れないようにする方法をフレメスに教わっていた。
 さっきのハーロックの不可解な動きを見る限り……。
「奴らを俺から遠ざけてるのはお前か?」
「いいえ。始めはそうしようかと思っていたわ。でも意味がなかったのよ。彼女とリオーダンが砦に向かったお陰で、ダークスポーンは自らの神を守るために集結している。この辺りに残ってるのは興奮して統率力をなくした雑魚だけ。魔法は自分の身を守るために使っているわ」
 だがモリガンは俺の近くで戦っている。結局、俺も少しはその恩恵を受けてるってことだ。

 異民族区に向かっていた将軍の気配が消滅した。エリッサは猛スピードでデネリムを駆け抜けているようだ。暗闇の気配が波のように動き、それで彼女の位置も分かる。
 このブライトは今日で終わるだろう。急に実感が押し迫ってきた。彼女は決戦に向かってひた走っている。デネリムに群がる怪物のほとんどが彼女を追ってドラコン砦に進攻しているんだ。
「逆に、多少なりともこっちへ引き寄せられないのか? あいつの負担を減らすために」
「余計なことを考えてる場合かしら。邪魔にされたのだから大人しくここで守られていなさいよ」
 俺はべつに戦力外通告を受けたわけじゃない! と怒鳴りつけたかったが、怒ると図星をつかれたみたいに見えるから黙っていた。
 落ち着け、冷静に、余裕をもって。エリッサに接する時とは別の意味で、モリガンと話してると心が乱されるのが厄介だ。
「お前だって置いて行かれたくせに」
「彼女は私を連れて行きたかったはずよ。でもこの体でドラゴン相手に暴れ回るつもりかと言われたから従ってあげたのよ」
 なんだよそれ、俺との扱いが違いすぎやしないかと腹立たしくなったところでふと気づく。
 未だ人間の赤ん坊と呼ぶにも早すぎる。今のモリガンを妊婦だからと気遣う必要なんてまったくない。他の皆と同じように戦うべきだ。……でも、この魔女の命にはエリッサの無事が懸かってるんだ。
 万が一モリガンが死んだら、胎児に取り憑くはずだったアーチデーモンの魂はエリッサを見つけて喰らい尽くそうとするだろう。

 寒気がする。俺が儀式を拒絶していたらどうなっていたかを考えた。エリッサはきっと、俺が嫌だと言ったら無理強いはしなかったに違いない。今と同じように俺を置き去りにして一人で、行って、……二度と帰らないつもりだったんだ。
 一歩でも間違えたら永遠に彼女を失う道に足を突っ込むところだった。こうやって知らず知らずのうちにも選択を強いられている。何も選ばないことさえ一つの選択肢だと言ったのはモリガンだったな。
 このいけ好かない魔女ですら俺たちを救った恩人なんだ。ものすごく、気に入らない事実だが。
「……アーチデーモンを殺して、あいつに、もしものことが……。あの儀式の効果がなかったら、俺は絶対にお前を許さないからな」
 そんな憎悪など歯牙にもかけないと言いたげに笑って、モリガンは季節外れの吹雪を呼び出した。寒さに凍りついたダークスポーンを兵たちが粉々に打ち砕いていく。
「我が親友の輝かしき未来のために、儀式に関して一つ助言をあげる。もっと持久力をつけなきゃ彼女を満足させられないわよ、アリスター」
 嘲笑を残して背を向けたモリガンは程なく人波に紛れ込んで見えなくなった。言われたことの意味が遅れて脳に届くと身体中の血が沸騰しそうになった。
「……デリカシーってもんがないのか、あの魔女は」
 べつに助言なんかいらない。俺たちには、まだ未来がある。これから先もずっと一緒だ。エリッサは必ず約束を守るだろう。
 轟音が鳴り渡って、見上げれば悠々と空を飛んでいたアーチデーモンはドラコン砦に墜落したようだ。あと少し……待ち兼ねた平穏はすぐそこまで来ている。



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