ウロボロスの刺青


 一匹の蛇に似た竜が、自らの尾を噛み円を形作っている。円は始めと終わりが一致することから、様々な象徴的意味が存在している。その動物的特徴から、『死と再生』『不老不死』と象徴されたり、古代の文化圏では、世界創造が全であり一であるといった思想や、完全性を表されている。
 一方、錬金術の文献によると、神話において、男と女、太陽と月、ヌース(精神)とピュシス(自然)など、相反するものの統一を象徴するものである。その他『循環性』『永続性』『始原性』『無限性』『完全性』など、広い意味を持ち、多くの文化・宗教において用いられている。
 人はそれを、ウロボロスと呼んだ。

   * * *

 宛てがわれた執務室にて、煎餅を咥え割った音が響く。開け放たれた窓から入る風は、ペラリと報告書を捲った。目に留まった内容は、また厄介事の匂いがする。
 身体の一部にウロボロスの紋章が刻まれている者たちがいる。彼らは不老不死であり、人智を超えた完全なる存在である。戦力は海賊の頂点に君臨する四皇と並ぶかそれ以上で、立ち向かえば命の保証はされない。
 それが、海軍でまことしやかに囁かれている噂だった。現役の軍人に目撃者はなし。しかし、海賊船が次々に海に沈んでおり、海賊の間では、「ウロボロスとは目を合わせるな。逃げろ。喰われるぞ」と警戒されている。
 海軍での警戒度も日に日に増していき、今や元帥のセンゴクですら頭を抱える存在になっている。誰も見た事がないと言うのに、警戒を怠らないのは、まるで臆病者のようだった。
 噂によると、ウロボロスの刻印を持つ輩は、数人で動いている。彼らに殲滅された海賊団は、裏稼業やきな臭い話題が耐えない海賊どもだった。後処理に海軍が回されるというのは、なんともまあ良いとこ取りだけされたような絵面である。
 漆黒の衣服を身にまとい、人外の力を使うウロボロス集団は、『悪魔の実』の能力者ではないという。なんでも、海に飛び込んで消えることが多いらしい。能力者ならば、海に入ることは自殺行為に等しいこと。得体の知れない、目的も分からないウロボロスは、正直なところ気味悪かった。
 孫が船長を務める海賊団が、着々と懸賞金を上げているのも懸念すべき事柄だというのに。書類に挙げられているのは、ウロボロスの刺青集団の主犯格の名前だった。名前が発覚しているのは主犯格のみ。実質リーダー的存在なのだろう。
 この少女と見間違える純朴さが滲み出ている女を、男は知っていた。なんせ、孫であるモンキー・D・ルフィの海賊団に席を置く者なのだから。名を、ヒューズ・ジェシカ。麦わらの一味の中では一番の新参者であり、先のシャボンディ諸島での戦闘では、謎の消息不明となった者である。
――これ以上、難題を押しつけられては敵わん。
 ウロボロスの刺青集団に加担する、ヒューズ・ジェシカ。孫の消息ですらまともな情報が上がってこないのに、仲間とされた女は今や列記とした犯罪者として成り上がっている。何が目的なのかさえわからない。
 この報告書が回ってきたということは、多かれ少なかれ、きっとウロボロスの刺青集団の取り締まりに掛からなければならないということだ。
 若い頃から身を置く海軍本部の任務だが、海軍中将モンキー・D・ガープは、そんなこと、どうでもよかった。
 命を託されて孫のように愛し育てた、ポートガス・D・エースの処刑が、数日後に迫っていたからだ。

22,05.28



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