『黄猿』への応戦をレイリーに任せ、麦わらの一味は再度散り散りに逃げ惑っていた。しかし、戦桃丸の命令により、標的をゾロに絞った“PX-1”が追いかけてくる。
ゾロをウソップに抱えてもらい、ジェシカは一行の殿を務めた。追いかけてくるくまに、ジェシカは態と走る速度を落とし、くまと間合いを取る。
「おいジェシカ! 何やってんだ早く来い!」
「そうですよジェシカさん! 追いつかれてしまいます!」
ウソップとブルックの必死の制止に、ジェシカはゴクリと唾を飲んだ。
「――させないっ!」
ジェシカは両手を胸の前で鳴らし、地面を叩く。すると地面は盛り上がっていき、大きな腕になると、一直線にくまへ伸びていった。ドォン! と大きな音が響く。錬成した地面の腕が、くまの胸元を殴った。くまは一瞬よろけるが、踏ん張ってその場に留まり、口から衝撃波を出そうとする。
「っ、なら!」
ジェシカはさらに胸の前で両手を鳴らし、再び地面に叩きつけた。一瞬で壁ができあがり、くまの衝撃波を防ぐ。
「なんだよソレ!?」
「ジェシカさん、そんなこと出来たんですか!?」
「いいから! 先行って!」
ジェシカはウソップとブルックの動揺を気にとめず、走るよう指示を飛ばす。二人が走り出したのを見届けてから、ジェシカも足を動かした。
くまはすぐに動き出す。追いかけてきたくまにもう一撃喰らわそうと、ジェシカが後ろを向くと、くまの背後からサンジの声がした。
「止まれ! クソ野郎がァ!」
ドカァン! という大きな音とともに、くまは前方に倒れてくる。挟まらないよう注意しながらジェシカは後方に跳んだ。ガシャアン! と金属がぶつかり合う音を立てくまは倒れたが、即座に起き上がってサンジを狙おうとする。
「サンジくん!」
ジェシカが錬成攻撃を繰り出す前に、くまはサンジを狙って衝撃波を打つ。規模は巨大なもので、まともに喰らったサンジは叫び声を挙げずそのまま倒れた。次いでジェシカとブルック、ゾロとウソップにまで衝撃波が及ぶ。
チョッパーが巨大化して暴走する一方で、ジェシカは何とかして息を吹き返す。しかし衝撃波で飛ばされた影響が身体に現れていた。
痛みは感じないが、確実にダメージを受けている。砂埃に塗れたジェシカは自分の身体を観察する。サングラスは衝撃波に当たった途端壊れて、どこかに飛んでいってしまった。額を拭うと血液が付着する。飛ばされた際に頭を打ったのが、ぐらぐらと揺れる視界で怪我の様子を確認しなければならなかった。手のひらを握って開く。数回動かせばスムーズに動かすことが出来た。立ち上がろうとするも、太腿から出血していて時間を要した。痛みを感じないから分からないけれど、これは満身創痍という状態に近いのではないだろうか。
――そんなこと、気にしてられない。
ジェシカは目をぎゅっと瞑り見開いた。ぼやけた視界が次第に輪郭を帯びていく。焦点が合う頃には、周囲の状況も理解することが出来た。
「ジェシカ、平気か! サンジ! ブルック! 立て!!」
ウソップの掛け声にジェシカは立ち上がって返事をする。出血は酷そうだがまだ身体は動かせそうだ。
――襲いかかってくるのなら、動けなくすればいい。
両手を合わせて地面をたたきつけたジェシカは、さらに錬成を繰り出す。周囲の空気を分解、再構築することで、くまの身体を凍らせることにする。くまの足元からパキパキと音を鳴らし、胸元まで氷で埋めつくした。くまは無理やり身体を動かして、氷が割れそうになる。
ジェシカは氷の剣を錬成すると、くまに飛びかかった。氷から這い出した片腕の手のひらを向けてきたくまに、ジェシカは剣を突き立てようとする。
――ギリギリかも。
「ジェシカちゃん!? 逃げろ!」
「衝撃波が来るぞ!」
「ジェシカさん!?」
衝撃波を繰り出そうと、光が手のひらの中心に集まっていく。ジェシカは思い切り剣を突き刺した。暴発した衝撃波は、くまの手のひらの周囲で爆発をする。
「ぐっ、アァ!」
「ジェシカちゃん!」
ジェシカは爆風に煽られて飛ばされた。背中から地面に突き落とされる。息苦しさに咳をしながら立ち上がる。直に衝撃波を浴びてしまった身体はボロボロで、所々服が焼けており、白い肌は出血していた。足はおろか、腕や腹にまで怪我を覆ってしまう。
「っ、くそ……!」
一か八かの攻撃だったが、ダメだった。上手くいけば、手のひらから発射される衝撃波だけでも防ぐことが出来たかもしれなかったのに。
くまは氷を壊してジェシカの元へ近づいてくる。足止めにもならなかった。せめて、くまの身体の構成要素さえ分かれば、分解させられるのに。ジェシカはくまが近づく最中、身体を起こしながら足止めの方法を考える。
「ジェシカ逃げろ!」
「ジェシカさん!」
ウソップとブルックが必死に叫んでいる。ジェシカは両手を鳴らし地面に叩きつけ、大きな土の腕を複数錬成し、くまを殴る。殴られてよろけながらもくまはジェシカに向かって歩き続けた。
「ジェシカちゃん!!」
「――ッ!」
くまが口を開けて衝撃波を繰り出す。ジェシカは壁を錬成して防ごうとするが、強度の弱い壁はすぐ崩壊してしまい、ジェシカは吹き飛ばされた。
後方の壊れた建造物まで吹き飛ばされたジェシカは、背中を強く打ち付けて虫の息だった。
――ここなら、うまく錬成できるかもしれない……。
そう考えても、ジェシカの指先は少ししか動かず、腕を掲げることで精一杯だった。
痛みが分からない。それは、怪我の酷さが実感できないことを指す。皮膚感覚のないデメリットだった。痛みを無視して身体を動かすことは可能だっだが、それでも怪我により制限がある。ジェシカは上半身を起こして容態を確認する。
――出血が酷い……これは無理かな。
出血を止めなければ最悪失血死してしまう。しかし止血をしているうちに、くまはさらに攻撃を繰り出す。動きだけでも止められるのならば、せめて仲間の方へ攻撃が行かずに、囮になれればと考えていた。だが、今の自分では身体がついていかない。
――どうしよう……っ!
「そうだ……!」
ジェシカの脳は新たな方法を導き出す。脳内に描かれた構築式は、ジェシカにまるで、そうしろと命令しているかのようだった。自らを一つの生命体だと、そして賢者の石だと考えれば、“これ”はできる。そうすれば、また闘える。
「みんな……ごめん」
もっと上手くやれると思っていた。しかし、実力も戦法も何もかもが足りなかった。せめて囮にになっているうちに、仲間が逃げてくれればと考えたが、優しい彼らはそんな選択肢を選ばなかった。
くまが衝撃波を繰り出そうとしてくるのを感じながら、ジェシカは両手を高く掲げる。異様な雰囲気に、その場の誰もがジェシカへと目を向けた。
「ジェシカちゃん!? やめろ! ――動けよおれの身体ッ! 待て、やめろ! ジェシカちゃんッ!!」
「ジェシカ何する気だ!?」
「待ってくださいジェシカさん!」
サンジ、ウソップ、ブルックの制止に逆らって、ジェシカは両手を合わせる。
「――弱くて、ごめん」
自らの身体に手のひらを向ける。すると地響きとともに、ジェシカの周囲が赤く光り、黒く細長い手が地面から伸びてきた。
「なんだアレ!?」
ジェシカを中心として大きな瞳が浮かび上がり、その目が見開かれた途端、空には大きな扉が出現する。
ジェシカはその記憶を最後に、迫り来る『人体錬成』により、身体はパズルのように崩れ去っていく。ジェシカはその衝撃により、最後まで気を保っていることが難しかった。
麦わらの一味の中で、最初に姿を消したのは、ジェシカだった。
22,07.16