死神との遭遇


 海軍本部から離れたとある春島。交易も盛んなこの島で、ガープは久々の休日を過ごしていた。この島には、ワノ国からやってきた煎餅職人がいる。煎餅職人は希少で、ガープはいつもこの島の職人から買い付けていた。取り寄せるのは時間がかかるため、こうして休日の日にまとめて買いに来るのだった。
 ワノ国は、繊細な職人芸がお国柄である。工芸職人も多く、ガープ一押しのこのワノ国の職人がつくる煎餅には、乾燥剤が入っていた。そのお陰で、長い公開中にもパリパリと歯ごたえの良い煎餅を、いつでも食べることが出来るのだ。
 ガープは袋いっぱいに詰め込まれた煎餅を、さながらサンタクロースのように抱えながら船着き場へ向かって歩いていた。途中の下り坂にて、春島らしい暖かな色の花々が咲き誇っており、目を奪われる。
 薄い桃色の花弁が風に乗り、ガープの元まで舞い降りてくる。この木の名は、そうだ桜だ。ガープは古い記憶を呼び覚まし、若い頃に鶴から教わった花の名を思い出した。桜は門出を表す花でもあると鶴は言っていた。今のガープにとって、門出とも言い難いエースの処刑が迫っている。皮肉にも程があると、喉の奥でぐっと音を鳴らした。
 エースの処刑は、ガープの立場からしても、白紙にすることは出来ない。既に決定事項、全世界に通達されているだろう。一人の子どもを殺したところで、何も世界は変わらないというのに、それが海賊王の息子となると、世界はひっくり返ってしまうらしい。
 ガープは道から外れて、草花を掻き分けて桜の木を目指した。なるべく小さな花を踏みつけないよう気をつけるが、それでも咲き誇るそれらは、ガープの靴底の下に潜り込んでくる。小さな命ですら大切にしたいのに、それすらもできないなんて。歯がゆい悔しさとともに、エースと過ごした日々が蘇ってくる。
 幼きエースとの日々を思い出し、奥歯を噛み締めていると、ガープの視線の先には桜の大木が迫っていた。
「近くで見ると、こんなにでかかったか……」
 立派に咲く桜は、沢山の花びらが舞い散る。大木と言える木の幹は所々剥がれてはいるものの、特に傷は見当たらず、立派に育っていることがうかがえた。
「……ん?」
 桜の根から、ひょろりと脚が生えている。驚いて声が漏れそうになるが、ガープはそれを飲み込んで足音を立てないよう注意して近づいていく。
 先客がいたか。立ち去ればいいものの、ガープは何故かその足の持ち主が気になって仕方がなかった。
 ガープも海軍に籍を置いて長い。それでも、この距離で初めて他人がいることに気づいた。気配を消していたのか、それとも意識を失っているのか。相手が意識を失っているのならば、助けなければならない。海軍としてではなく、モンキー・D・ガープの人柄として、助けたい気持ちが勝っている。
 ガープは意を決して桜の木の裏に回った。
「なっ……!?」
 ガープの目の前にいたのは、眠っているであろう、一人の女だった。ただの女ならば、ガープも驚かない。相手が悪かった。
「お前は、ヒューズ・ジェシカ……!」
 桜の下で身体を丸くして寝転んでいるのは、かつて『麦わら海賊団』の一人であり、いま巷を騒がせているウロボロスの刺青集団の主犯格、ヒューズ・ジェシカ本人だった。

22,05.28



All of Me
望楼