焼死体の謎


「――あの焼死体は、本当にエースだったか?」
 マルコの突然のつぶやきに、生き残った白ひげ海賊団の面々は驚きの色を示した。
 頂上戦争。それは、死刑執行がされる仲間、ポートガス・D・エースを救出するために、海軍本部へと殴り込んで発展した戦闘である。先の戦争で海賊団、海軍共々多くのものが命を落とした。大事な仲間のエース、そしてなによりも護り抜くべき存在である船長エドワード・ニューゲートという尊き二人を永遠に失った損害は小さくない。
「何言ってんだよマルコ! お前だって見たろ! エースが焼かれるところ!」
「そうだ! 『ウロボロスの集団』のやつらにやられたじゃねぇか!」
「『名誉大罪人』だァ!? エースの弟の船に乗っているクセして、何が名誉だ! 死刑執行人を務めやがってあの女!」
 生き残りたちから、怒りと悲しみが爆発する。頂上戦争は、命拾いした者達に深い傷跡を残した。怪我はとっくに治りかけるが、心の傷は一生癒えやしないだろう。医者であるからわかる。つらいのは、二人の死から四十九日を過ぎた、これからなのだ。
 既にエースとニューゲートは、『赤髪のシャンクス』の力を借りて、海の見える美しい丘に埋葬された。光沢感のある墓石、信念を貫く様を表したようなどっしりとした十字架、様々な色の綺麗な花々、そして十字架に掛けた形見の品。この墓は、白ひげ海賊団の生き残りと、『赤髪シャンクス』の仲間たちしか知らない場所だ。絶対に、他の人間にはバレてはならない。万が一、墓を掘り起こされては以ての外だ。尊き二人が、死してなお冒涜されなければならない。命に変えても守らなければならない場所が、マルコにとってもう一つ増えたのだ。
「お前ら、落ち着けよい」
「落ち着いてられるか!」
「そうだ! あのウロボロスの集団がいなけりゃ……!」
「ウロボロスじゃねえ! 名誉大罪人のヒューズ・ジェシカだ! アイツがエースを殺したんだ!」
 『名誉大罪人』ヒューズ・ジェシカ。かつて、麦わらの一味であった女の名だ。名誉大罪人とは、海軍の主に海賊討伐に協力する一方で、罪を軽くする制度のこと。未だかつて利用されなかった制度だったが、ジェシカが実施したことで全世界に広まった。ヒューズ・ジェシカは名誉大罪人の功績として、今や懸賞金は五億五千万ベリー、皮肉にもエースと同じ金額にのし上がっている。
 ジェシカが『名誉大罪人』として請け負った任は、ポートガス・D・エースの死刑執行である。彼女は麦わらの一味ではなく、ウロボロスの刺青集団を率いて、マリンフォードの処刑台へと上がった。
「……ヒューズ・ジェシカは、エースを焼き殺す必要があったか?」
「は……? 何言ってんだよマルコ! 見せしめに決まってる!」
「そうだ! もともとゴールド・ロジャーの息子だからって、見せしめに殺されたんだろ、エースは!」
 マルコは仲間の意見を聞いて、再び物思いにふける。これは白ひげ海賊団の隊長としてではなく、あくまで船医、医者としての考えである。エースは、一度は義弟のモンキー・D・ルフィに助け出された。その後、脱走を試みるも、サカズキの挑発に乗ったエースが隙を見せたことによって、命の危機に差しかかる。エースのビブルカードに気づいたルフィがサカズキの攻撃を受ける寸前で、第一の異変が起こったのだ。
「エースの弟を守るように現れたあの炎は、ヒューズ・ジェシカのものだろうよい。なんで弟を守る必要がある? ウロボロスの刺青集団にいるのなら、もう縁は切ったはずだ」
「そりゃあ……自分がいた海賊団の船長だぜ? 情だって湧くだろう」
「でも、考えてみろよい。あの炎の威力だったら、エースの弟、そしてエースを囲むように燃やさなくても、一瞬でエースに襲いかかることは可能だ。それをあえてせず、ヤツは持っていた剣で、わざわざエースの背中を切りつけやがった」
 そう、ジェシカは無駄な手があまりにも多かった。サカズキの攻撃からルフィとエースを守るように火柱を走らせた後、わざわざ持っていた二本の剣でエースの背中を切りつけた。それも、エースの背に描かれた、白ひげ海賊団の刺青の上をだ。その後、驚愕するルフィにエースが何かを伝えたのを見届けてから、ジェシカは天まで昇る大きな火柱を現した。まるであれは、『火拳のエース』そのものの技だった。
「見せしめだろ、どうせ。海軍に寝返ったヤツだ。パフォーマンスの一貫だったんだろ!」
「だとしても、遊びがすぎるだろ」
 そう、遊びがすぎる。まるで、わざと見せつけて、わざと時間稼ぎをしているかのようだった。
「そ、それと、エースの……焼死体に、何が関係するっていうんだ」
「これはあくまで、推測なんだがよい……」
 もしも、もしもこの推測に賛同してくれるのならば。マルコはすぐにでも確認したいことがあった。それは世界をひっくり返すほどの真実である。きっとこの世界の誰も疑ったりはしなかっただろう。
「――もし、あの焼死体が別人のものだとしたら、どうする?」
 焼死体が別人だったのなら。ジェシカが火柱のなかで、何らかの方法で、エースと焼死体をすり替えたとしたら。焼かれた身体は黒焦げで、エース本人とは直ぐに判断がつかなかった。あのとき、埋葬する前によく見ておけば、自分にその冷静さがあったら、今こうして皆と悲しみの真っ只中にいないのだろうか。
「確認する必要がある……エースの死体を」
 マルコは、諦めの悪い男だった。

22,05.28



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