亡骸との対面


「――嫌な奴、賛成できねぇ奴はついてこなくていい。俺一人でも確認するよい」
 そう啖呵を切るように言い放ち、マルコはエースの墓までやってきた。着いてきたのはたったの数人。それだけでもすごいことだと、マルコは舌を巻く。
「いいのか、本当に着いてきて。地獄を見るかもしれねぇよい」
 もう二度と見たくない仲間の亡骸だなんて、しかも腐敗が始まっているそれを、仲間と呼べるのかどうか。地獄を目の当たりにするのは、船医であるマルコでさえ心苦しい。ましてや相手は、弟のように大事に可愛がったエースである。船医としての自分、仲間としての自分。マルコはその天秤のバランスを崩さずに、今回の調査を終えられる自信はあまり無かった。
 それでも確かめたい欲求に駆られたのは、この目でエースが焼かれる場面を見ていないからだ。微かな、本当に小さな希望ですら、マルコは失いたくない。自分はこれから先、壊滅状態に近い白ひげ海賊団を再建しなければならない立場にある。船医として仲間の精神状態にまで目を配ることはもちろん、亡きニューゲートのように仲間の鼓舞し、先導する役目を果たさなければならないのだ。
――エースじゃなければ、それだけで生きている可能性があるってことだ。
 この調査は、マルコの我儘でもあることを、本人は重々承知していた。

   *

 エースの帽子、そして手向けられた花を丁寧に外し、早速掘り起こしに取り掛かる。口布をしていても、独特の鼻につく匂いは心に響いた。
 仲間と共に掘り起こすこと一時間弱、大きな硬いものにスコップが当たる感覚がして、そこからは素手で土を退かしていく。腐敗臭に全身が染められている感覚のなか、この遺体がエースならば、「こんなに臭ぇなかよくいられるな」だなんて軽口を飛ばしてやりたくもなる。そうでもしなければ、脳裏にこびりついているエースの最期が何度も蘇ってきて、まともな精神を保っていられなかった。
 爪の間に土が入ることも気にせず、額から滴る汗を拭うことも厭わず、マルコは仲間たちと土を払い続ける。
 とうとう、エースを包んだ大きな布が一面に現れた。誰かが生唾を飲み込む音が墓地に響く。
「ようし、せーので持ち上げるぞ。絶対に落とすな」
 マルコは仲間に目配せをする。泣きそうな顔、悲痛な面持ち、苛立ちを隠せずにいる表情……仲間の心境は混沌としている。マルコはあえて余計なことは言わなかった。言ってしまったら、ギリギリのところで抑えられている仲間の何かを壊してしまうと考えたからだ。
「――せーのっ!」 
 マルコと仲間は、布ごとエースを持ち上げた。穴に落とさぬよう最新の注意を払いながら、地面の上にゆっくりと丁寧に下ろす。
――いよいよだな。
 マルコの胸に緊張が走る。心臓がうるさいくらい鳴り響いていた。
「……よし」
 マルコは瓶に注いで持ってきた水で手を清めると、手袋をはめる。目を瞑り、深呼吸をして、エースに祈りを捧げる。
――悪いな、エース。お前でないことを願うよい。
 マルコは心の中で謝り、布に手を掛ける。土の臭いに混じった腐敗臭が脳を刺激するなか、マルコは焼死体に向き合う。

 結論から告げると、焼死体は、エースではなかった。

22,06.04



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望楼