義兄との夢


 ポートガス・D・エース。火拳のエースと呼ばれ、白ひげ海賊団の隊長を務め、モンキー・D・ルフィの義兄でもある。そして、この度発覚した新事実として、『海賊王』ゴールド・ロジャーの息子だという。
 『黒ひげ』マーシャル・D・ティーチが海軍に引き渡したことにより、大監獄『インペルダウン』に投獄された。政府はエースの公開処刑を決定する。公開処刑は、海軍本部マリンフォードにて執行される――。
「……ルフィ」
 ジェシカが新聞で得た情報を理解して最初に思い浮かんだのは、船長ルフィのことだった。同じ義兄を持つ立場でもあるルフィとは、義兄の話で盛り上がったことがある。涙を飲み込んで久しぶりに義兄マース・ヒューズの話が出来た、ジェシカにとって数少ない経験だった。
 マースが死んだこと。いいや、殺されたこと。ジェシカの胸にずっと燻っている、憤怒と悲愴感、後悔と無力感。死の真相に近づいてもなお、それは消えるどころか憎悪のようにずっと禍々しく、凶暴な魔物のようにジェシカのなかで生き続けている。
「そんなの、だめ」
 真っ先に、ルフィに経験させてはいけないと感じた。ルフィには冒険と海と仲間のことを、ただひたすら真っ直ぐに考えていてほしい。自分と同じ思いを、ルフィにはしてほしくない。ルフィは一生抱えなくていい。
「公開処刑……」
 ジェシカは再び新聞に目を通す。処刑場所はマリンフォードという場所。たどり着くには船がいる。
『ジェシカにも兄ちゃんがいるのか!? 俺と一緒じゃねぇか!』
 一人で処刑を止められるだろうか。さすがに無理がすぎるだろうか。きっと海軍は大勢で警備をするだろう。白ひげ海賊団はどうするのか。仲間の危機に、助けに出るのだろうか。
『ジェシカの兄ちゃん、良い奴だなぁ! おれ、好きだ!』
 その場合、白ひげ海賊団の船に混ざって、マリンフォードに上陸するのが一番手っ取り早いのだろうか。いや、白ひげ海賊団が絶対にエースを助けに来る確証はない。ならば、海軍に紛れ込むのが妥当だろうか。
『いつか、おれとエース、ジェシカとジェシカの兄ちゃんで、一緒に肉食いてぇなあ!』
 ルフィは、マースが既に亡くなっていることも知らず、好きだと言ってくれた。一緒に食事をして、語り合いたいと話してくれた。
『いい案だろ! 絶対実現しような、ジェシカ!』
 もう絶対に実現できない約束を、自分はしてしまった。
 マースは、義兄はもういない。いないのならば、約束は守れない。
――でも、ポートガス・D・エースはまだ、生きている。
 すべての生きている者は、尊重されるべきだ。誰かの手によって、命が終わらせられるだなんてこと、あってはならないのだ。
『約束だぞ! ジェシカ!』
――約束する。エースは必ず助けてみせる。
 ジェシカは今度こそ、約束を守るのだ。できるはずだ。あの『約束の日』を乗り越えた、自分ならば。

22,05.29



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