引かれ合う者たち


 ホムンクルスであるグラトニーとラストと再会したジェシカは、絶体絶命に近い状況に陥っていた。ラストに壁際に詰め寄られ、両手首をあっという間に拘束されていた。そして、首筋に長い爪を立てられている。グラトニーは豪華な食事を前にしたような表情を向けられる。
「な、んで、ここに……?」
「あらあら、お口がお利口じゃないわね。勝手に喋っちゃダメでしょう?」
 ギンッと爪が深く壁に刺さる音が聞こえる。力を加えられたらしい。息がしづらくなり、ジェシカの喉はヒュッと音を立てた。
「まさか会えるとは思ってなかったけど……手配書を見て確信したわ。やっぱり、貴女もここにいたんだって」
「っ……」
「ここであったが……だなんて言うつもりは無いわ。もう終わったことだもの。……でもね、体が疼いてしまうものなのよ、ジェシカ」
 ラストの顔が鼻の先に近づいた。身体も密着しているようで、視線を下げると上半身は完全にくっついている。足を動かそうにも、両足の間にラストの足がねじ込まれていて、ちょっとやそっとじゃ動きそうにない。
――何がしたいの、この人。
 ジェシカは諦めて身体の力を抜いた。
「あら、いい子じゃないジェシカ。そういうところ、私好きよ」
「…………」
「いい子に免じて、話す許可をあげるわ」
 首元の爪が壁から抜けて離れていく。解放された反動で、ジェシカは数回咳き込んだ。
「どうして……? あなたたちは、だって……」
「死んだはず、そう言いたいんでしょう?」
 ジェシカの問いに、ラストはくつくつと笑った。雰囲気に流されてグラトニーもヘラヘラと笑みを浮かべる。
「そうよ、私たちは死んだ。ここはまるで死者の世界ね。人間でない私たちホムンクルスが『死者』に当てはまるのは、笑ってしまうけれど」
「……何が目的なの」
「あら、もう本題に移るの? やあねぇ、自分が聞きたいことを聞いたら、さっそく次へ行くところ。あなた、そういうところよ」
 なにが『そういうところ』だ。ラストも『そういうところ』、よくないと思う。
 ジェシカは少し頬を膨らました。ラストは目を丸くして「あら」と声を漏らす。
「幾分、『以前』よりも表情が豊かになったわね。いいことよ」
「……それで? あなたたちは私のこと、探してたの?」
「半分正解かしら。確信はなかったわ。ただの憶測ですらなかった。グラトニーと二人して、自由に生き永らえているついでに、あなたを見つけたってわけ」
 自由に生き永らえる。その言葉にひっかかりを覚えたものの、ジェシカは知らん振りを決め込んだ。様々なことに突っ込んでいては、話が先に進まない。
「……『ここ』にいるのは、あなたたち二人だけ?」
「いいえ。スロウスも来ていることを知ってるわ。面倒くさがりだから、あまり一緒に動かないけどね。残りのホムンクルスは知らないわ」
 肩を竦めるラストは、ちっとも寂しそうじゃなかった。何をして過ごしているのかはあえて訊かない。グロテスクな話は好みではない。知らないところで勝手にやっていればいい。大切な仲間は、ラストやグラトニーに負けることなんてないのだから。
「ねえ、ジェシカ。『仲間』にならない?」
「なかまー!」
「……『仲間』?」
「そう。私たちと、この世界を巡るのよ。自由奔放にね」
 そう言い放ったラストは、普段と同じ笑みを浮かべながらも、緊張の色が見え隠れしているように感じた。仲間だなんて、ホムンクルスからは想像すらできない言葉である。
――グリードと一緒……?
 生前のグリードは、富や権力を求めていたが、本当は仲間を欲していた。もしかしたら、ラストやグラトニーも似たようなところがあるのかもしれない。
 しかし、ジェシカの答えは決まっている
「ごめん、むり」
 二人の表情は、ジェシカの答えは知っているとでも言ったような様子だった。
「私は、麦わら海賊団の一人だから……だから、あなたたちの仲間にはなれない」
 ジェシカが初めて得た仲間の存在。離れていても、安否が不明であっても、ずっと変わらない真実。自分は、あの海賊たちと、海にでていた。そしてこれからも、叶うことならもう一度、彼らと海へ出たい。
「――なら、契約しましょう」
「契約?」
「そう。……互いの、利になることを、契約するの」
 海に出る。海軍本部マリンフォードへと向かう。火拳のエースを何がなんでも救出する。そして、ルフィに恩返しをする。
 それしか考えていないジェシカにとって、ラストの発言は、悪魔の囁きとなる。

22,05.30



All of Me
望楼