きみを探して


 二年ぶりの、シャボンディ諸島だ。サンジは大きなシャボン玉を見上げながら、胸いっぱいに息を吸い込んだ。ここは、仲間がバラバラにされてしまった因縁の地。そして、大切な彼女と、二度と会えないかのような気持ちを味わった、憎き地である。
 サンジは地獄のような修行を終えて、船長が指し示した『二年後』というキーワードを頼りに、こうして再びこの場所へ帰ってきた。
「こりゃ、早く着きすぎたか?」
 仲間と離れ離れになったちょうど二年後の日付を目指してはいたものの、海の天候は変わりやすく誤差が生じた。サンジの計算では、おそらく明日が仲間との再会の日である。
「まずは……サニーの様子を見に行くか」
 仲間と同じように大事な存在である船は、二年もの月日をどう過ごしていたのだろう。叶うことなら、最後に乗船した時と同じ状態であってほしい。海軍に狙われやすいこのシャボンディ諸島で、それは難しいかもしれないが、サンジは一縷の望みを捨てきれないでいた。
「そんで……ジェシカちゃん、だな」
 仲間の中でも特に心を傾けている存在、ジェシカ。彼女は麦わらの一味の中で最初に姿を消した。しかも、仲間はパシフィスタの攻撃によって『飛ばされた』のに、彼女だけ様子がまったく違ったのだ。
――『アレ』は、一体なんなんだ。
 瞼の裏にこびりついて離れない記憶。それは、ジェシカが血塗れで両手を合わせた途端に現れた、黒い影のようなもの。それらは大きな扉とともに出現し、扉の中にジェシカを攫っていってしまった。周囲の海軍勢ですら緊迫した様子だった。きっと、海軍の攻撃ではなく、十中八九ジェシカがやったことであろう。
「ジェシカちゃん……無事でいてくれ」
 サンジが二年のうちに驚いたこと。それは、ルフィが義兄エースの救出に、海軍本部まで殴り込みをしたことだった。そしてそれ以上に驚いたことは、エースの死刑執行人がジェシカであり、『名誉大罪人』の地位を手に入れていたことである。
「……うちの船はどうなっちまうんだ」
 事の結末は、ジェシカがエースを処刑したことで幕を閉じた。同じ船に乗る者同士が、戦場で敵として現れた。ルフィの気持ちは痛いほどわかる。いや、わかると言うにはルフィに申し訳がたたないか。
 問題はジェシカである。なぜ『名誉大罪人』の地位を手に入れてまで、エースの処刑を執行したのか。なぜ、よりによってエースだったのか。
 サンジは悶々と考えながらも足を進める。道すがら、女性と遭遇してしまうだけで気分が高揚してしまうことがあった。二年もの間周囲をオカマに囲まれていたため、二年前よりも女性への免疫が弱くなっていた。サンジも女性とすれ違いながらも薄らそれを自覚している。
――こりゃあ、ナミさんやロビンちゃんと会ったら、おれはどうなっちまうんだ……。
 鼻血は確定。出血多量になるかならないかの瀬戸際である。
――ジェシカちゃんと再会したら……おれは……心臓が止まっちまうんじゃないか?
 すべからく女性は愛すべき対象で、平等に愛を注ぐと決めていたのに。いつの間にか、きっと初めて出逢ったときから、一番大切な女の子だった。
 彼女を目の前にしたら、おれはどうなってしまうのだろう。なんと声をかけるだろうか。聞きづらいことを、聞いてしまってもいいのだろうか。それともそれは船長に任せるべきで、もし仮に、ルフィがジェシカへ「船を降りろ」と言ったら、おれはどうすればいいのだろう。彼女を黙って見送るだなんてできない。しかし、ルフィたちを裏切って彼女についていくこともできない。
――どうすればいいんだ、おれは!
 サンジは頭をガシガシと掻き回す。グシャグシャになった髪のまま、サンジは煙草をくゆらせた。数回深く吸っていると、次第に思考は落ち着いてくる。
「サニーの前に……ジェシカちゃんを探そう」
 ジェシカが既にこの島に来ているのか、それともまだ到着していないのかは分からない。だが、島中探せばきっと見つかるだろう。見つけてみせる。すぐに見つかるさ。
 なんて言っても、おれが一番に大切に想う女の子なのだから。
――そしてもう一度、きみを守らせてほしい。

   *

「――んっで、テメェとまず会わなきゃなんねェんだクソマリモッ!」
「うっせぇグル眉!」
「テメェが迷子になってなきゃなあ、今頃おれはなあ! 愛しのジェシカちゅわんと再会できていたかもしれねェだろうが!」
「俺は関係ねェだろ! つーか迷子なんてなってねぇ!」
 サンジの思惑通りにはいかず、悲しいことに初再会を果たした仲間はゾロだった。ジェシカと再会できなくても、せめてレディとの再会が先だ。ナミやロビンは二年の月日を経て、どれほど美しさに磨きがかかっているのだろう。二年後の姿を妄想しては、鼻の下が伸びまくってしまう。
「……つーか、どうすんだよ、ジェシカのこと。ルフィが許すのか?」
「……わかんねぇよンなもん。ルフィが決めるだろ」
 ジェシカのこと。やはり考えていることはゾロも同じである。『名誉大罪人』としてエースの死刑を執行したジェシカの話題は、ニュースクーによって全世界に知れ渡ってしまっている。ゾロも同じように新聞にてジェシカのことを知ったのだろう。
「だが……確かめなきゃならねェだろうが」
「まあ、そうだな」
 サンジは大きく息を吐き出す。煙でなにかを型どるほどの余裕は、いまはなかった。ゾロも概ね同じ考えなのだろう。ジェシカがなぜエースの死刑を執行したのか、その謎を解き明かす必要がある。
「……と決まれば、やっぱりまずはジェシカちゃんだ」
「もう来てんのか? ここに」
「わからねぇが……ジェシカちゃんはお前みたいに迷子にはならねぇ。それに美しく可憐な容姿で見つけやすい。まず見つけるのはジェシカちゃんだろ」
「喧嘩売ってんのかテメェ!」
 二人は口喧嘩をしつつ、時折サンジはゾロがはぐれそうになるのを阻止しつつ、ジェシカを探す。宛もなく探すのは難しく、通りかかる人々に尋ねながらのジェシカ探しとなった。女性相手ではサンジの症状が出てしまうため、専ら尋ねる相手は男性である。女性に尋ねる必要がある場合は、ゾロがそれを行った。
 ジェシカ探しを初めて数時間が経過する。いい情報は一つも出てこなかった。日が暮れる前に、これはサニー号を探した方がいいかもしれない。いや、だめだ。今もしかしかたら、ジェシカが一人でさ迷っているかもしれない。なら、探すしかないだろう。男サンジ、意地を見せるんだ。
 サンジとゾロが探すにあたって、残すところは、無法地帯と呼ばれている地域である。
「身体が鈍ってたところだ」
 ゾロは唇を歪めていた。船一隻を斬っておいて、身体が鈍っているとはどういうことだ。サンジは面倒になるのを見越して、心の中だけで呟いた。
 しばらく歩いていると、二年前よりも荒れた土地が広がっていることに気づく。ゴミは散乱し、戦闘の痕跡は色濃く残っている。
――つくづく気味の悪ぃ場所だな。
 サンジは煙草をくゆらせながら歩いていると、遠くから走ってくる人物がいることに気づいた。
「なんだアレ……女と、子どもか?」
 女性に手を引かれ、子どもが三人ほど必死に走ってくる。表情は恐怖にまみれており、何かが起きているのは一目瞭然だった。
「レディ! 大丈夫かい!?」
「おい、何があった」
 声を掛けたのは同じタイミングだった。話しかけられた女性と子どもは、身体を震わせながら、息を整えている。
「大丈夫、怖いことは何もしないよ。怖いのはコイツの顔だけだ」
「んだとエロコックてめぇ」
「……お兄ちゃんたち、強い?」
「ん? まぁな」
「た、たすけて……!」 
「女の人が、身代わりになってしまったの!」
 女性が話したのは、きな臭い話だった。二年前のルフィが起こした騒動がきっかけに、『人間屋』は表立って無くなったはずだった。しかし、裏では未だに横行しており、この無法地帯ではそれが活発に行われているという。その被害に、自分たちは遭ってしまったのだと。
「そのとき、大きな音がして、女の人が入ってきたの。助けるって言ってくれて……」
「でも、助けるって、条件に、代わりに私たちが受けるはずだったことまで、代わるって言い始めて……!」
「それで、もっと奥深くに連れて行かれて……」
 正義のヒーローかと思えば、その女性は自己犠牲が強いらしい。この女性たちがされそうになっていたこと。サンジの脳裏に人身売買という言葉が浮かび上がる。
――レディに絶対にしちゃならねぇことだな。
 サンジは助けた女性の安否が心配だった。いくら助けに来たといっても、男の力に叶うわけが無い。
「その人、『名誉大罪人』って言われていたわ!」
「ッ!」
「っ、なんだと」
――ジェシカちゃんだって!?
 『名誉大罪人』とは、ジェシカの新しい肩書きでもある。サンジは世界経済新聞を毎月欠かさず読んでいたが、ジェシカ以外でそう呼ばれている人物はいないと想定していた。実際、新聞にもでてきていない。
「おい、コック」
「ああ、クソ剣士」 
 二人は互いに呼び合うだけで次の行動を決める。ジェシカが人質となっているならば、被害に遭っているのならば、助けに行くのは当然だった。
 女性と子どもには、一刻も早くこの場を立ち去り、なるべく離れた場所に行くようにと告げた。逃げてきた道順を教わり、二人は駆け出した。

22,06.09



All of Me
望楼