役目を果たせ


 ゾロは自分の役目を見誤らない。いつだって船長や仲間の動向を把握し、己の判断を信じ、突き進んでいく。
 二年ぶりにシャボンディ諸島を訪れたゾロは、勘を頼りに島を練り歩き、そしてサンジと再会する。つかの間の再会だったが、とある女性と子どもの逃亡場面に遭遇したことにより、事態は急変する。
 ジェシカ・ヒューズ。かつて、船長ルフィが船に引き入れて、麦わらの一味に加入した女。剣士ではなく科学者らしいが、戦闘では二刀流を主に操り、相手を薙ぎ倒す。
 いつも他者を慮って、そうしていなければ、自分の居場所がなくなってしまうのでは無いか。そうやって消極的な姿勢が、ゾロは気に食わない面もあったが、それはそれで彼女の接し方なのだと受け入れていた。
 ゾロは知っていたのだ。ジェシカが信念を貫いて生きていることを。
 しかし、『名誉大罪人』としてポートガス・D・エースを処刑したというニュースを目にした時、ゾロの信頼は揺らいだ。ジェシカが何を考えているのかわからなくなった。ゾロがそうだったのだ。目の前でジェシカを見たルフィは、もっとわからなくなっただろう。
――おれは船長の選択に従うだけだ。
 そう考えていても、なぜか後ろ髪を引かれるゾロが、確かにそこにいた。

   *

 ゾロは目の前に広がる光景に、言葉を失った。辛うじて動けているサンジですら、指先を怒りで震わせながら、ジェシカに自分の服を掛けてやってる。
サンジは今にでも暴れだしてしまいそうだ。ギリギリの理性で自我を保っている。ジェシカの意識があるならば、きっと彼は違った反応をするだろう。
 怒りで我をコントロールできなくなることは、人間だれしもあることだ。しかし、サンジは仲間想いな面が強い分、一段とそうなりやすい。今だって悔しくて堪らないはずだ。しかし、最優先なのはジェシカの命である。
「おい、ジェシカを早く連れて行け」
「連れて行くったって、どこに……」
「サニーはあの『冥王』とやらがコーディングしてるんだろう。なら、あのバーに行けば、会える可能性が高い」
 チョッパーと合流していれば、すぐにでもジェシカを診てもらうが、彼が居ない今は難しい。他の男に診られるのは嫌だろう。あのバーなら、シャッキーという女店主がいたはずだ。
 ゾロは着ていた緑色の着流しを脱いで、サンジへと投げる。 サンジは受け取ると、すぐさまそれでジェシカをそっと包んだ。
――冷静な判断ができなくなってやがる。
 普段のサンジならば、ゾロが「連れて行け」と言わなくても、すぐにどこへ連れて行けばいいかとっさに判断できたはずだ。
――女を前にすると……いいや、ジェシカだからか。
 相手がジェシカだから、きっとそうなのだ。頭に血が上って、脳内ではきっと顔もわからぬ相手を蹴散らしているに決まっている。
「……!」
「……だろ?」
 男たちの声が響いている。こちらに向かってくるのだ。きっとまた、ジェシカを『食いもの』にして、痛めつけようとするためにやって来るのだ。
「おい」
「――ああ。おれはジェシカちゃんを連れていく。……後は“頼んだ”、ゾロ」
 ゾロはサンジの言葉に頷き、刀を抜いた。両手に一本ずつ、そして一本を咥える。
 男どもを蹴散らして、その間にサンジとジェシカを逃がす。それがゾロの役目だ。
「――行くぞ」
 しかし、ゾロは耐えられそうにない。ジェシカがこんなにも痛めつけられた場面を、見てしまったのだから。

22,06.11



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望楼