お願いだから


 大きなシャボン玉が上空へ昇っていく幻想的な光景に見向きもせず、サンジはジェシカを抱えて駆けていく。
――許さねぇ。
 こんなえげつないことをした男ども。人数は五人いた。ゾロになぎ倒されて斬られていたが、もっと苦しい目に遭わせてやらねェと気が済まない。
――許さねぇ。
 ゾロが相手をしてくれてよかった。いや、よくない。今の頭では、判断がつかない。しかし、あのままあの場所にいたら、大切なジェシカを傷だらけのままに置き去りにして、きっと男どもを殺していた。急所を狙って蹴り飛ばして、二度と同じようなことが出来ないよう、刃物でもなんでも使って痛めつけただろう。
――許さねェ!
 どうしておれは、もっと早くこの島につけなかった? どうして道草を食った? いま考えれば、ゾロの無駄話している時間が惜しかった。もっと早く歩いていれば、早くに逃げている最中の女性たちに出会えたかもしれないのに。
――許さねェッ!
 なぜおれはいつも、ジェシカちゃんを助けられないんだ。二年前もそうだ。彼女の身体が痛めつけられるのを、黙って見ていることしかできなかった。ジェシカが『なにか』を行って、扉が出現し、彼女が扉の中へ連れていかれるのを、呆然と見つめてしまった。ジェシカが遠くに行ってしまうと、なんとなく察してしまったのにだ。
「クッソォ! なにやってんだおれは……!」
 サンジはジェシカを抱える腕に力を入れた。ガチャリと壊した手足の枷が音を鳴らす。自分の上着とゾロの着流しに包まれたジェシカは、顔色が良くない。そりゃそうだろう。あんな場所に閉じ込められて、身動きを取れなくされて、暴行を受けていたんだ。
 いったいどのくらい酷なことをされていた? サンジは走りながらジェシカを見つめる。チラリと見えた首筋には、くっきりと首を掴まれた青痣が残っていて、サンジの血管はぶち切れそうになってしまう。
――レディに、ジェシカちゃんに、こんなことしやがって!!
 許さねぇ。許さねェ。何もかも、許さねェ!!
 サンジは怒りを抑えられない。それどころか怒りは募っていくばかりである。腹の底からふつふつと煮えたぎる怒りは、凶悪な魔物でも呼び覚まして、口から飛び出させてしまいそうだ。それを止めてくれているのは、幸か不幸かジェシカだった。ジェシカがいなければ、今頃自分は――。そんなことばかり考えてしまう。
 ジェシカと再会できた喜び。傷ついたジェシカを、少しでも早く運ばなければならない焦燥感。そして、ジェシカにまたトラウマを与えてしまった、どうしようも無い後悔と憤怒。サンジの脳はパンクしそうなくらい、様々な感情が混ざりあっている。
 仕方がなかった。シャボンディ諸島に着いたばかりだったのだから。どうしようもなかった。だって、彼女がこの島にいることすら確信はなかったのだ。ジェシカが単身、人身売買をする者が隠れ蓑にしている場所に殴り込むだなんて、考えられなかった。
 そうやって言い訳が出来たらどれほど楽なのだろう。しかし、サンジの言い訳は、自分が間に合わなかったことの後悔から始まっている。仲間想いで情熱的な思考の持ち主のサンジに、逃げ道をつくるような言い訳を呟く暇などないのだ。
「もう少しの辛抱だ、ジェシカちゃん。もうちょっとで、『ぼったくりバー』だからな!」
 サンジは、ヤルキマンマングローブに描かれた数字を見上げて、あともう少しで目的地だと気づく。シャッキーの『ぼったくりバー』は、十三番グローブに存在していた。
「あと、もう少しの辛抱だからな、ジェシカちゃん……!」
 また、きみを守れなかったおれを、どうか許さないでくれ。

22,06.15



All of Me
望楼