価値を決めるのは


「一つ、聞かせろエース……俺が親父でよかったか」
「もちろんだァッ!!」
 ニューゲートの死を覚悟した発言に、エースは身体の底から声を張り上げていた。戦闘のさなかの『親子』のやりとりに、サカズキは態とらしく挑発をしかけて隙を狙う。
 サカズキは、ニューゲートのことを『悲しい男』と表現した。本当にそうなのだろうか。ジェシカは考える。悲しい男ならば、息子と呼んだ男に裏切られ刺されたとしても、息子(エース)のために死を覚悟して、戦場にやってこない。それを、空虚な人生だと? 笑わせるな。
「親父は俺たちに居場所をくれたんだ! お前に、親父の偉大さの何がわかる!!」
 エースの反論虚しく、赤犬の諭すような挑発は続く。エースにとってはニューゲートが助けに来てくれただけで、胸が張り裂けそうになる想いだろう。サカズキはエースの心情など考える余地すらなく、淡々と挑発を続けた。「正しく生きなければ、生きる価値はない」と主観を押しつける。
 ジェシカはサカズキの言葉を耳にした瞬間、かつてオリヴィエに掛けられた言葉を思い出した。
『貴様の生き様は、価値のない人生だ』
 かつてブリッグズに配属された時のこと。巨大な要塞、彼女の執務室にて話された内容だ。
『命令に従うだけか? 自分の意思はどこにある』
 国家錬金術師は軍の狗である。ましてや自分はまさにそれだった。スパイのようにブリッグズの内部を調査し、報告する義務があった。
『そのちっぽけな脳で、考てみるんだな』
 オリヴィエは眩しかった。真っ直ぐで、芯があって、きらきらと輝いていた。こんな自分にも、考えることを止めるなと、道標をくれた。そこでジェシカは、忘れていた『彼』の言葉を思い出したのだ。
『ジェシカ、人間はね、『考える葦』なんだよ』
 幼い頃、口癖のように『彼』が話していた言葉である。考えることをやめてはいけない。考えた先に選択肢があり、決断をくだして、行動することによって、結果が見られる。それは科学、宗教学、すべての物事に言えることであり、ジェシカの『真理』でもあった。
 ジェシカは現状に意識を戻す。挑発に乗って頭に血が上っているエース。地上に落ちてしまったエースのビブルカードを拾おうとするルフィ。それに気づき攻撃の手を進めるサカズキ。
――考えろ。いま最適な、錬金術を。
 ジェシカはしていた手袋をキュッと引き伸ばした。
 これは、死刑執行の準備にあたって、一番難しかった錬金術だ。研究の成果に舌を巻いた。こんな錬金術を世にだせるだなんて、研究者の思考は純粋に誇れるものだ。しかし、使い方が問題であった。かつてこの錬金術は、とある国家錬金術師が、ジェシカの故郷であるイシュヴァールの地にて起きた殲滅戦にて活躍し、功績を称えられたもの。
 その国家錬金術師は、素早く錬成ができるよう、錬成陣の刻まれた発火布でできた手袋をしていた。原理として、燃焼の三要素『燃焼物』『酸素』『点火源』を錬金術で生成することにより、爆炎を起こす。手袋を使用することにより、指を擦り合わせる時の摩擦で『点火』し、錬金術で酸素濃度を調節、対象を燃焼物として攻撃する。
 ジェシカは指を鳴らした。大きな爆発音とともに、爆炎が起きる。
 ビブルカードを拾おうとしたルフィ、その隙に攻撃を仕掛けようとしたサカズキ、ルフィに腕を伸ばしたエースそれぞれの間に火柱が走る。火柱は数メートルの高さに及び、彼らを炎の中に閉じこめる。『焔の錬金術』の完成だった。
「――さあ、死刑執行の時間だよ。ポートガス・D・エース」
 ジェシカ・ヒューズ。その知能により、他者の錬金術を研究、解読し、使用することから、生前『強奪の錬金術師』という二つ名を与えられていた。

22,06.12



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望楼