計画遂行


 火柱が走る。轟々と燃える炎に誰しも一瞬にして目が奪われた。ジェシカはその隙に炎を掻い潜り、エースの元へ迫る。チリチリと火花が服や髪を焦がす臭いがするが、今は構っていられなかった。
「エース、言い遺すことは、なにかない?」
「ッハ、お前、ルフィの仲間だろ……なんで、こんな……」
「事情がある……――あなたを救う」
「ッ……!?」
 ジェシカはエースの耳元で囁いた。誰にも聞こえないよう、ひっそりと声を潜めた。
 エースは驚愕する。言葉を失い、大きな瞳を揺らしていた。しかし、いまは一瞬たりとも時間を無駄にできない。ジェシカはすぐにポケットからあるものを取り出して、エースに見せた。
「このボールを脇に挟んでて。絶対に離してはダメ。誰にもバレてはいけない」
「なっ、どういう……!?」
「言ったでしょ、はやく」
 ジェシカは、ぐっとエースの脇に手のひらで隠せてしまうくらいの大きさをしたボールを挟ませる。エースは驚きを隠しきれなかったものの、ジェシカの言う通りに脇に挟んだ。
 ジェシカは今後の動きを端的に説明する。
「背中、斬るから。舌噛まないように」
「ッ、おい、お前――」
「さあ、火が消える。……演じて」
 ジェシカが錬成した火柱が消えていく。大きく目を見開いているルフィ、そして眉を顰めるサカズキからそれぞれの視線が注がれている。
 これから行うこと。きっとルフィはとてつもなく傷つく。太陽のようなルフィが悲しむ様子を想像するだけで、ジェシカは心がひしゃげるような思いだった。
「――これより、死刑執行を執り行う」
 ジェシカは左右の腰に指していた鞘から剣を引き抜いた。両手でぐっと握り、エースを標的と捉え、剣を構える。
「ジェシカ! おい、なんでだよ!?」
「なんじゃ。お主、裏切りではねぇのか。何が目的じゃ」
「ルフィ。私を許さないでね。……私はエースを処刑する。それだけが目的」
 ジェシカは言い終わるのを待たずに、片足を引いて大きく跳び上がりながら旋回した。勢いをつけて腕をクロスさせる。狙いはただ一つ、エースの背中の刺青だった。
 勢いをつけて再びエースに向き合った時、ジェシカの腕は大きくバツを描くように動かされる。上から斜め下へ、全体重をかけるように、ジェシカは全力で腕を振り下ろした。
「――エースゥッ!!」
 ルフィの叫びがマリンフォードに響く。エースは言いつけをしっかり守り、ボールを脇に挟んだまま背中を斬られる。膝をつき、残る力を振り絞って血反吐を吐きだした。
 ジェシカは次の準備に取り掛かる。視界の端で、グラトニーが向かってくるのを確認して、剣に付着したエースの血を、それをなぎ払うように動かして払い、鞘に収めた。
 ルフィがエースに走り寄って行く。エースは痛みに耐えるように震えながら顔を上げる。ルフィはエースに手を伸ばす。『悪魔の実』の能力は使っていない。ほぼ無意識なのだろう。
 エースはルフィに向かい、消して大きくは無い声で『遺言』を伝え始める。ルフィはしっかりと聞き届けているように見えた。
「――今まで、こんな俺を……この鬼の血を引く俺を……愛してくれて、ありがとう!」
 伝え終わった途端、大きな影がエースの上に降りてくる。駆けてきたグラトニーが飛び上がり、エースに向かって口を大きく開けた。
 ジェシカは指をパチンと鳴らす。大きな爆炎が、エースを包み込んだ。

22,06.13



All of Me
望楼