二度目の『罪』


「エースゥウウッ!!」
 ルフィの張り裂けそうな声が木霊する。ジェシカは視界の端に涙を捉えながらも、ぐっと堪えて計画を遂行した。爆炎が収まる前に、エースを“隠さ”なければならない。
 ジェシカはグラトニーの口の中から、焼死体にする為の『人間』を取り出した。それは動物の肉と骨、いくつかの身体の構成元素で“造った”ものだった。
 取り出すのと同時に、エースの首元を思い切り引っ張って、グラトニーの口の中に押し込む。その際、赤い大きな玉の首飾りが弾け飛んだ。
 グラトニーの身体の中は、出来損ないの『真理の扉』でできている。一度閉じ込められたことのあるジェシカは、一生入りたくないものだったが、エースを隠すためにはやむを得ない。ジェシカは後に自分もそこに入ることを腹に括りつつ、先にエースをその場へ向かわせた。
 エースが完全に見えなくなると、ジェシカは再び指を鳴らした。耳をつんざくような爆発音と輝きに、マリンフォード上にいるほとんどの人間が目を瞑った。
 爆発はすぐに収まる。ジェシカが錬成により酸素濃度を調節して、すぐに収まるよう工夫したのだ。
 焦げ臭い煙の中から現れたのは、真っ黒な焼死体だった。身体の周りには、エースの首元から飛び散った首飾りが燃えカスと化している。海楼石を模した手錠に似せたものも、黒焦げとなっている。
「執行、完了」
 ジェシカは焼死体の出来栄えを見届けると、そっと視線をあげる。サカズキの厳しい眼差しと混ざり合う。何か言いたげなサカズキに、ジェシカは気付かないふりをした。余計なことはしない。必要なのは、エースの死刑を『執行』したこと、ただそれだけだ。
 生唾を飲み込んで、すっと視線を逸らす。視線の先には、一番近くで焼死体に目を向けるルフィ。
「あ……ああ、ああ……えー、す……」
 身体の底からぶるぶると震えてる。涙は滝のように絶え間なく流れていく。
「えーす、なあ……エース……」
 悲痛な声がジェシカの鼓膜を刺激する。まるで首を締めつけられているかのように、ジェシカは息がしにくかった。努めてゆっくりと呼吸をする。数回それを繰り返すと、バクバクと煩い心臓の音が聞こえた。ああ、自分は緊張しているのだ。自覚すると、さらに身体がずしんと重くなって、胸ぐらを掴まれたようにジェシカの心を苦しめる。
 ついに、哀しみの波が、ルフィを襲った。
「アァァアアアアアアアアアッッッ!!」
 ルフィが断末魔にも似た声で泣き叫んだ。
 ジェシカは耳を塞ぎたかった。聞きたくなかった。しかし、受け止めなければならない。自分はそれほどのことをしたのだ。真実から目を逸らすな。受け止めろ。
――これが最後に見る、ルフィの姿かもしれないんだ。
 この後、自分はエースを本当の意味で逃がすために、動かなければならない。しかし、自分は運がいいのだ。ジェシカはそう捉えている。
 この世界で、『仲間』と呼べる人々に出逢えたこと。規律も原則も何もかもが通用しない世界で、自由にしていいんだと、『仲間』が教えてくれた。コンプレックスでしかなかった白い髪や肌も、この世界では気にする必要がなかったことも。ずっと一緒にいたいと想う気持ちが、自分にあったことも。この世界で経験したすべてことが、ジェシカにとって宝物だった。
 そんな世界から、元の錬金術の世界へ戻り、一生を終えた。そのはずだったのに、再びジェシカは息をしている。ホムンクルスと再会して、共同戦線を組んでいる。そして、ルフィと再会できた。もう一度、この世界の地を踏むことが出来たのだ。自分はとてつもなく、幸せ者だ。
「……私を、許さないで」
 だからこそ、ジェシカ・ヒューズを許してはならない。恩を仇で返すようなこの行為に、目を背けてはならない。昔の仲間だからと言い訳をしないでほしい。罪はただの罪である。きちんとルフィの言葉で、行動で罰せられなければならない。
――でも、それは“今”じゃない。
 ジェシカの視界が暗くなっていく。鼻がひん曲げるほどの血なまぐさい臭いが、上空から迫っていた。
「――さようなら、ルフィ」
 地に足がついていないような浮遊感を、ジェシカの身体は感じることが出来なくても、知覚することができた。
 そうしてジェシカは、グラトニーに“喰われた”のだった。

22,06.14



All of Me
望楼