ジェシカ・ヒューズを『父上』の依代にする。それは、ジェシカの皮膚感覚がないという情報がホムンクルス内で出回りすぐに決定された事項だった。
キング・ブラッドレイ――憤怒のホムンクルス、ラース――は、立場を利用してジェシカを手中に収めるよう『父上』から命令がくだった。
ラースは大総統という立場でジェシカに近づき、士官学校すらでていない彼女を軍人として、そして国家錬金術師として傍に置いた。士官学校の訓練の代わりにと、特別な訓練を施してやったのも数多だ。
依り代になるためには、第二のキング・ブラッドレイになるための戦闘能力がいる。ブラッドレイは昔自分が受けた訓練を、ジェシカにしていった。訓練の結果、ジェシカはラースと同じように、二刀流で闘う剣士に育つ。ラースの動きを完全に取得したジェシカは、軍内部、主に上層部での評価は右肩上がりだった。
ジェシカはその知能と賢さ、洞察力の高さから、他者の錬金術を解読、扱うことが出来た。『強奪の錬金術師』と二つ名を与えたのは、それが理由だ。錬金術師の二つ名は四大元素を元に名付けることが多いが、ジェシカだけは異質な名となった。それはジェシカだけを浮き彫りにさせる。他の国家錬金術師はラースの目に映らなかった。ジェシカだけが、特別であった。
プライドがジェシカに対して執着していく様子に目を瞑りながら、ラースは屋敷にジェシカを招き続けた。彼女が軍を退役してからは、より一層プライドは執拗にジェシカに関わっていく。軍とは関係無くなったとはいえ、側近として仕えさせた経緯があるジェシカを、ラースも逃がすことはなかった。
哀れだな、人間よ。自らが依り代となることを知らず、のこのことホムンクルスの巣食う屋敷に招かれるとは。
ラースは、プライドほどジェシカを注目していなかった。秀でた才能は認めるが、他の人間の方が『人間らしい』面を持っていると感じていた。感情の起伏をあまり見せず、命令に従うだけの駒。それだけではつまらない。人間ならば、みっともなく足掻いてみせろとすら考えていた。
「ジェシカさん、今日もセリムの授業をしてくださり、ありがとう。これ、よかったら食べていって」
「奥様、毎回とても有難いのですが……」
「いいのいいの。私ともお話して下さらない? セリムばっかりあなたに構ってもらって、私羨ましいのよ」
運の良いことに、妻はジェシカを気に入った。これでジェシカとホムンクルスの繋がりは崩れることがない。ジェシカは妻の願いを無下にできない質である。
家庭教師としてセリムと関わった後、必ず妻の時間が入る。そして夕食を共にするまでそれは続き、ブラッドレイ家がジェシカを拘束する時間は長くなっていくのだ。
「のう、ジェシカ。軍に戻ってくることは考えていないのか?」
ラースはキング・ブラッドレイを装い、夕食時ジェシカに訊ねたことがある。
「きみほどの実力を持つ者を手放したのは、私としても惜しい」
ラースには、達成すべき目標がある。国土錬成陣の計画を邪魔するようならば、許されない。傍に置いておけば、きっと無駄な足掻きはしないはずだ。
「申し訳ございません、閣下。私はもう、軍に戻る気持ちはありません。今の生活を壊したくないのです」
ジェシカが退役した理由は、酷く単純明快だった。マース・ヒューズの妻グレイシア・ヒューズが子を身篭ったからだ。たったそれだけの理由で、軍人が欲しくてたまらない立場を、ジェシカはあっさりと捨てた。
「ほう、そうか。今の生活が充実しておるのじゃな。良い事だ。こちらとしては後ろ髪を引かれるがのう」
「申し訳ございません」
「良い、謝らんでも。そなたの意向は理解しておる」
今の生活を手に入れて、満足なのか。もっと胸躍るような場にでて暴れ回りたいとは思わないか。少なくとも、ラースは自分の剣技を習得させたジェシカが、剣を振るう場面を見て、暴れられる場所を探しているのではないかと感じていた。
聡い子だ。しかし不器用でもある。皮膚感覚がないことも不器用さに繋がっているが、生き方が不器用すぎた。命令に背かないよう強かに生きていても、恨みや僻みは底をつかない。それをジェシカは跳ね返すどころか受け入れようとしていた。
彼女がまだ軍属だった時、僻みを買って暴行を受けそうになった場面に、ラースは遭遇したことがある。ジェシカは抵抗もせず静かにその様子を眺めていた。自分が暴行されそうになっているのにだ。その時はラースが介入したことにより事なきを得たが、次第にジェシカは『大総統の“名器”』だなんて裏で呼ばれていく。最悪のあだ名であった。そうやって、批判を投げつけられても、淡々と職務を全うしていた。妬みや僻みを受けてもなお、ジェシカは凛とした表情を見せていた。
ジェシカとは『父上』の依り代になるまでの関係だ。だが、なかなかどうして、ラースはジェシカの存在が気になる。あまつさえ、ジェシカが妻やプライドとともに『家族ごっこ』に興じている様子を、もっと見たいと考えてしまっていた。
――せいぜい足掻けよ、人間。
我々のためにその血肉を捧げて見せろ。そう思ってもなお、ジェシカとの『家族ごっこ』を、平穏な日々がいつまでも続くことを、願ってしまう自分がいた。
22,06.24