神に誓って愛するよ


 身の丈に合わないぶかぶかな服を着た少女を、青年はカラカラと笑った。なぜ青年が笑っているのかわからなかった少女は、首をかしげながら背の高い青年を見上げる。
 青年はその行動に笑を深め、少女の前に跪き、持っていたタオルで濡れた髪を優しく拭き始めた。
 少女は青年の行動に目を見開き、じっと青年の顔を見つめた。優しさに触れることに慣れていないのか、少女は小さな手を握ったり力を抜いたりを繰り返す。久しぶりに入った風呂の余韻に浸りながらも、少女はどこかむず痒さを感じていた。
 そんな姿を見て青年は思う。この子は、もっとたくさん素敵なものに出会い、感じるべきだと。
 幼いながらも世界の卑劣で残酷な部分に触れてしまい、この子はあと少しで、世界と決別してしまうところだった。
 なぜ、こんな愛らしい子が、穢れと絶望に向き合わなければならなかった?
 どうして、生きているだけで罪だと、煙たがられ虐げられなければならない?
 なぜ、彼女の純真さに漬け込んで、淫らな行為を働く者がいる?
――そんなことは、絶対にあってはならない。
 人は、幸せになる権利がある。幸せになるべきだ。
 誰もこの子に教えないのならば、僕が教えてあげよう。
 世界がどんなに美しく、愛おしいものなのか。
 手を止めていた青年を不思議に思い、少女はそっと青年の裾を掴んだ。それに気づいた青年は、少女の頭にのせていたタオルを取り、その小さな両手を掴んだ。
 少女は目を丸くする。その手つきは、今まで味わったことがないくらい優しいもので、青年をじっと見つめた。 
「今日から、君の名前は『ジェシカ』だ」
「……ジェシカ?」
「そう、ジェシカだよ」
 青年は少女の手を包み込む自分のそれに、力を込めた。自分の体温が、じんわりと少女に移っていく。
 少女がこの先、あたたかくて、やさしくて、幸せな色に包まれた人生を歩んでほしい。
 青年は、これまでの自身の研究で、神などはいないと知っていた。あるのは、解き明かされていない事象や、人間の力で対応しきれない天災や現象を、すべて神の仕業だと考える思考。すべてのものは、神から生まれ、すべてのものを慈しみ大切にするために、神の一部だと考える思考。
 錬金術師と呼ばれる科学者である青年は、科学の発展と宗教思想の関連について研究するにあたり、次第に宗教研究者としての道も明るくなっていった。
「とある宗教ではね、史上最大の繁栄をもたらす……人々をたくさん集めて、国を賑や、楽しくすることをもたらして、後の世で、理想の王とたたえられた者の、お父さんの名前が、形を変えたものだ」
 しかし、神などいないと理解していても、少女には『神』の思し召しがあればと、強く願ってしまう。
「それにね、ジェシカという名前は、神の恩寵――神様からの、恵や慈しみ……まあ、優しさだと思って。そういう意味が込められているんだ」
 ジェシカの人生に、幸多からんことを心から願い、心から祈ろう。
「とても綺麗で、美しい名だ」
 それは『彼』が、『ジェシカ』に初めて与えた贈り物だった。

22,03.20



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望楼