強欲で染めあげる


 一目惚れだった。このグリードが、ジェシカ・ヒューズと出会って、初めて心臓が鷲掴みにされたような、切なくてどこか甘い痛みを心に打つ。
 一目見た時から、ジェシカは、何もかもがほかの女とは違っていた。それは相手を知っていくなかで知り得た、皮膚感覚がないことや、真理の扉を開けたこと、『親父殿』の依り代となる予定などということではなかった。纏う雰囲気が、まるで雪景色の中ひとりで佇んでいるような、静かな印象を受けた。それなのに、発する音は芯が強い。自分の信念を持って生きている様子で、さらにグリードは好感を持った。
 グリードは機会をつくってはジェシカに会いに行った。花や菓子、服など土産品を毎度贈った。繋がりのある女との縁を切ってみせるなど、グリードは献身的な姿勢をアピールした。しかし、ジェシカは困った顔をするばかりで、まったく靡かなかった。
「何がいけないんだ? 与えられるものはすべて与えているのに」
 グリードは頭を抱えた。ジェシカとまったく良い展開にならない。グリードは鬱憤を晴らすために、縁を切った女とつるんでしまった。そしてあろうことか、それをジェシカに目撃されてしまったのである。
「私よりも、あなたに相応しい女性は沢山いますよ」
 ジェシカは雪のような冷たさで言い切った。グリードは初めて自分を恥じた。好きな女に振り向いて貰えないからと、別の女に手を出した。それは実直ではない。真摯でもない。ただの都合のいい相手を求めていたと思われても過言ではない。
 そしてグリードは、ジェシカへの恋心を煩わせている一方で、リン・ヤオとの出会いを果たす。
 リンの身体を乗っ取り、ジェシカに会いに行った時のことだ。
「リン……グリード? どうしてリンの身体に?」
――運命だ。
 グリードは確信した。リンからはただの偶然だと突っ込まれたが、名乗る前から自分の存在に気づいてくれたのだ。リンの姿をしているのに。これは運命としかいいようがない。
「ジェシカ、俺の女になれ!」
 グリードは運命を感じてからというもの、真っ直ぐに自分の気持ちを伝えていった。好きだ。お前が好きだ。初めて見た時から好きなんだ。一目惚れだ。お前以外の女とは縁を切っている。俺はもう、お前しか見ていない。ジェシカ、俺と付き合ってみないか。
 グリードは必死だった。なりふり構っていられなかった。リンからは呆れられたが、グリードは強欲なのだ。ジェシカが欲しくて欲しくてたまらない。
 ジェシカのためならホムンクルスの集団ですら裏切ってみせる。それくらいの覚悟があった。
 ジェシカは、最初以前と同じように困ったような反応を示した。けれど、次々に好意を伝えられていく中で、ジェシカはなんと、意識し始めたのだ。
「グリード……その、そんなに言われると……困る、から」
 恥ずかしげに言うジェシカを見た瞬間、グリードは雷に打たれたような衝撃を受けた。
――かっ……可愛い!
 さすが俺が見込んだ女だ。いいや、こんなに可愛いと思ってなかったし、こんな返事をしてくれるとは思ってなかった。今のは幻かなにかか? いや、列記とした現実だ。ジェシカは、俺を意識し始めた。ここまでの道のりは、果てしなく長かった。
 グリードは可能ならば毎日のようにジェシカの元へ押し掛ける。グレイシアやエリシアとは、グリードはすでに顔見知り以上の関係になっていた。ジェシカは困りながらも、真っ直ぐに思いを伝えられると、恥ずかしげにする様子を見せるようになる。
――これは……脈アリでは!?
 心の中でリンが偶然だの本当は迷惑してるだのと野次を投げかけてくるが、グリードは気にしない。グリードには今のところ、ジェシカしか見えていない。ジェシカだけが心を満たしてくれて、穏やかな気持ちを運んでくれる相手だ。
「ジェシカ! 俺はお前が好きだ!」
 今日もグリードは、ジェシカを追いかける。振り向いてくれるのを、心から待ちわびている。
 その真っ白な姿を、自分の強欲で染め上げたくなるほどに。
 
22,06.25



All of Me
望楼