攻防


 ルフィが天竜人を殴ったことを皮切りに、麦わらの一味は動き出す。ケイミー救出のために、敵と捉えた者を問答無用に薙ぎ払っていった。
 ジェシカは麦わらの一味の中でも最後に動きだした。気持ちの整理に時間を要した。怒りを抑え、理性を持って敵を地に伏せていく。武器がないため素手で相手をしなければならない。
 ジェシカは武器を手に入れるために、剣を扱う護衛たちを中心になぎ倒していく。両手に剣が収まった時、麦わらの一味は勢ぞろいしており、ステージには初老の男性が立っていた。
 男はハチの知り合いのようだった。周囲の状況を観察し、何があったか理解した男は、ひと睨みで敵を地に伏せさせる。
「会いたかったぞ、モンキー・D・ルフィ」
 ルフィに語りかけた男は、ケイミーの爆薬首輪を素手で外して放り投げた。
 ジェシカは男から目が離せなかった。何者か、敵ではないと判断していいのか、海軍が店の周りを包囲している中、どうやって脱出するか。様々な考えがジェシカの脳を駆け巡り、少しだけ目眩がする。
「そこの白いお嬢さん、大丈夫か」
 白いお嬢さん。それは自分以外に対して有り得ない呼び名だ。ジェシカは顔を上げて男を見た。一瞬目を丸くした男は、すぐにニコリと笑った。
「“冥王”シルバーズ・レイリー!」
 赤髪の言葉を、レイリーと呼ばれた男は否定する。
「――この島じゃコーディング屋の“レイさん”で通っている。下手にその名を呼んでくれるな。……そこの白いお嬢さんも、“レイさん”と呼んでくれると嬉しい」
 レイリーと呼ばれた男に、ジェシカはなぜかよく話しかけられる。首を傾げるジェシカに、楽しそうにレイリーは笑った。
「ありがとう、キミ達。私の友人を救ってくれた」
 嘘偽りのないその言葉と笑顔に、ジェシカは緊張の糸を弛めた。

   *

 はぐれた場合は十三番グローブで落ち合う。レイリーの提案に、麦わらの一味は頷いた。店の周りに集まった海軍を、ルフィと海賊二人を中心に蹴散らして、包囲網を突破する計画だ。
 三人の船長の攻撃を皮切りに、麦わらの一味は走り出す。包囲網の向こう側にいる『トビウオライダーズ』の元へ急ぐ。
 ジェシカは護衛兵から奪い取った剣二本をつかい、敵の急所を狙ってただひたすらに斬り倒していく。
 大人数を相手にするのは、軍に所属していた頃以来だった。模擬訓練にて相手にさせられたのは、キング・ブラッドレイが決めた選りすぐりの軍人たち。息をつく間もなく攻撃を仕掛けられた時のことを思い出し、ジェシカは笑みを浮かべた。
「その時より、楽!」
 両手の剣で相手の急所を斬っていくジェシカに、海軍は慄いていた。あの細い身体のどこに、そんな力があるんだ。麦わらの一味に新加入した新人のくせに。
 海軍の声を聞きながらも、ジェシカは斬り倒すことをやめない。
「ジェシカちゃん! こっちだ!」
「サンジくん!」
 サンジの呼ぶ声に、ジェシカは意識を向けた。どうやら一味の中で最後となっていたらしい。他はみなすでに『トビウオライダーズ』の元に到着している。
「いま行く!」
 ジェシカは海軍の攻撃を掻い潜り、サンジの元へ急いだ。

 この後、『シャッキーのぼったくりBAR』にて、シルバーズ・レイリーが“冥王”と呼ばれる理由が発覚する。ジェシカには興味のない話だったが、レイリーから頻繁に視線を送られた。なにか自分に関係のあることを知っているのかと考えたが、特に思い当たる節はない。ジェシカは首を傾げるばかりだった。
「支配なんかしねぇよ。この海で一番自由なやつが海賊王だ!」
 海を支配できるか。レイリーの問いかけに、ルフィはさも当然のように言い切った。
――海で一番自由なやつが、海賊王……。
 ジェシカは心の中でルフィの言葉を復唱する。ジェシカはこれまで自由とはかけ離れた日々を過ごしていた。自由とは何かについて考えることなど毛頭なく、常に最善の答えを探し実行するだけだった。自分の意思のままに行動することを、ルフィたちに出逢い初めて実行する。それは伸び伸びとした生活が送れている一方で、後ろめたい気分にさせた。
 今でもきっと、錬金術の世界では規律や規則に準じた生活が続いているのだ。一定のそれらを守ることは準拠されるべきだが、軍事国家ということもあり、あの世界ではそれがセオリーとなっている。
 本物の自由とは何か。ジェシカはルフィの言葉を聞く度に考える。しかし、実態のないその言葉を表す状態を、ジェシカはうまく想像できなかった。
 ジェシカが思案しているうちに、話はどんどん展開していく。船のコーディング作業には三日を要するため、麦わらの一味は三日間のサバイバルを送ることになる。海軍に見つからぬよう逃げ切らなければならない。
 ジェシカは三日後に、またこうして仲間と再会できると信じてやまなかった。

22,07.15



All of Me
望楼