フランキーが事の結末を知ったのは、ジェシカが再び眠りについた後だった。麦わらの一味の中で、ジェシカを抜かして最初にシャボンディ諸島に到着したのはフランキーだった。フランキーは船の様子を見つつ、修理が必要になった場合の木材を収集して『約束の日』を迎える予定だった。
 ジェシカがサンジとゾロに救け出された夜、フランキーは居酒屋にて夕食を摂り、そのまま酒に酔って店で眠ってしまったせいで、三人との再会が遅れたのだった。明け方になって朝日を拝みながらシャッキーのバーを訪れたフランキーは、ゾロ、そしてサンジと再会を果たす。その後、朝食を摂りながらジェシカに関する出来事を知った。
 サンジの口からは濁して伝えられたものの、ジェシカが“女”として被害に遭ったことを、フランキーは悟る。仲間のピンチに駆けつけられなかった自分に腹立つフランキーだったが、その後ジェシカの容態について言葉をなくしてしまった。
「口がきけねえ? 耳も聞こえねえだと……?」
 何故そんなことが起きるのか。何か薬でも盛られたのか。フランキーは様々な可能性を示唆したものの、正解はわからなかった。
「おれはチョッパーのような医療知識はないが……たぶん、心の問題じゃないかと考えてる」
 サンジはぽつりと呟いた。それが、一晩かけてサンジが導き出した答えだった。ジェシカが一時目を覚まし話が出来ないと判明した際に、サンジは素人目だったがジェシカの喉を確認した。喉はまったく腫れておらず、特に問題の無い様子だったらしい。
 黙っているゾロにフランキーは視線をやる。ゾロは頷くのみで、ああきっと、これは二人して考え尽くした結果の答えなんだと、フランキーは悟った。
「なんで……ジェシカばっかりが、そんな被害に遭わなきゃならねェんだ……!」
 フランキーは両手を強く握る。苦し紛れの言葉に、ゾロとサンジは何も反応しなかった。たぶん、同じ意見なのだろう。
 ジェシカが何をしたと言うのだ。懸命に生きているだけの人間だ。なにも悪いことをしていない。それなのに、何故ここまで苦しめられなければならないんだ。
 二年後の再会ができると浮かれていたフランキーの思考が、一気に沈んでいく。念願の仲間との再会だ。楽しくて嬉しくて騒いでしまうほどのものだと予想していたし、実際ゾロとサンジに再会した自分は有頂天であった。仲間との再会が約束されていたから、二年間耐え抜くことができたのだ。
「……おい、ルフィはまだ……ここに来てねぇんだよな?」
 それは確信に近い質問だったが、確認のためフランキーは口にする。二人は静かに頷いた。
 ジェシカが生きていた。それはとても喜ばしいことだ。世界経済新聞では、エースの処刑を行った『名誉大罪人』と紹介されており、その後の消息は掴めなかった。行方不明とすら考えられていたのに、何はともあれ生きていて、今シャボンディ諸島に到着している。それはジェシカが『約束の日』を新聞からしっかり読み解いて、その日に合わせてやって来たということだ。
「ジェシカは……まだ、仲間か?」
「っ! 当たり前だ! フランキー、テメェそりゃどういう意味だ!?」
 サンジが食ってかかってくる。フランキーは大きな手から小さな両手を出現させて、降参といったように胸の前で手を振った。
「俺だって同じ気持ちだ! ただ……」
「ルフィ次第、だな」
 フランキーがすかさず弁明すると、ゾロがひっそりと結論を告げる。やはりそうかとフランキーは手を下ろした。サンジが煙草をくゆらせる。吐き出した紫煙は、ゆったりとサンジの周囲に降り立った。
 ゾロの発言の通り、決めるのは船長であるルフィだ。ジェシカは『名誉大罪人』となって、ルフィの義兄ポートガス・D・エースを処刑した。なぜジェシカが『名誉大罪人』となったのかは不明だが、同じ船に乗る者同士が対立し合う立場にいる今、気になるのは今後のジェシカの待遇だ。
「ルフィのヤツ、馬鹿なことだけはしてくれるなよ……」
 馬鹿なこと。それを、言葉では言い表せなかった。言葉にしてしまえば現実になってしまうような気がして、フランキーは喉の奥を震わす。
「こればっかりは、ルフィを待つしかねぇ」
「……ルフィがなんて言うかだな」
 サンジもゾロも、まるで考えないようにしている様子にフランキーは見えた。決定権は自分たちにはない。あるのは船長のみである。しかし、船長は仲間――ジェシカによって義兄を殺されている。
「どうしてこうなっちまったんだよ……」
 フランキーは頭を抱えた。フランキーの脳は未だに明るい未来を捨てきれていない。仲間が全員揃って、再会を果たし、魚人島に向けて再出発を果たす。そんな未来を信じて止まなかった。
 エースの処刑を担当した理由。それを聞き出そうにも、ジェシカは今身体にも心にも傷を負っており、事実口も耳もきけないために、意思の疎通すら難しい。
――頼むから、何も起きずにいてくれよ……!
 これでルフィがジェシカを仲間から追い出す、もしくは仲違いをして決闘になってしまったら、自分はそれでも船長側の人間をしていられるのか。フランキーにはわからない。再会早々の受難に、フランキーの脳はショートしかけている。
 フランキーの心からの願いは、ゾロとサンジの想いでもあった。

22,07.20



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望楼