決意


 この二年で様変わりしたものは沢山ある。まず、シャボンディ諸島。島の雰囲気は二年前と変わっていた。聞くところによると、それは海軍本部が移転したことによる。代わりにこの島の近くに設置された海軍支部は、本部が存在していた頃よりも、脅威が薄れ、島には無法地帯が増えたという。
 酒場で話に耳を傾けながら、ナミは街が荒れていた理由を知る。ナミは酒を嗜みつつ、肩にかかる髪を後ろにやった。二年間で伸びた髪は腰まで到達している。入念なケアを欠かさないナミの髪は美しく、酒場の寂れた明かりに当たっても海のように輝きを放っていた。
 偽物である麦わらの一味からの誘いを断って、ナミは静かに物思いにふける。今日は念願の『約束の日』だった。仲間が再び集まり、再出発を遂げる日だ。しかし、待ちわびた今日を迎えるナミの心境は複雑だった。
――ジェシカ……。
 懸念事項は仲間であるジェシカのことだった。二年間、シャボンディ諸島にて最初に消えてしまったジェシカ。かと思えば、世界経済新聞によると、ポートガス・D・エースの処刑執行人として、海軍本部マリンフォードに現れ、死刑を執行して姿を消したという。その後、行方不明とされたり、各地でジェシカに似た人物が捕まったりと、ジェシカの消息は不明に近かった。
――ジェシカ、どうしてこんなこと……。
 ナミは新聞が発行されて届くたびに、隅から隅まで読み込んで、ジェシカの続報を探した。しかし有益な情報はほとんどなく、彼女については何もわからなかった。
 今、自分が乗る船には危機が迫っている。それは物理的なものではなく、心理的なものだ。ジェシカが死刑執行したのは、ルフィの義兄だ。普通に考えて、ルフィがジェシカに対して恨みを抱いているのは当然である。万が一、ルフィがそう感じていないにしても、二人の事実関係を知っているナミからしてみたら、泥沼のような状態だ。
 もしもマリンフォードにて、ルフィとジェシカがなにか言葉を交わしており、それが現在に至るまで影響しているのならば、未来が変わってくるのかもしれない。しかし、そんなことナミは想像できるはずもなく、ただため息を零すばかりだった。
「――もう一度だけ言うわよ? あんたじゃ私に釣り合わないから飲まないって言ったの!」
 ナミは食い下がってくる偽物の麦わらの一味に、苛立ちを抑えながら返事をする。それでも自分が麦わらの一味だと得意げに話しかけてくる偽物を、ナミは鬱陶しく感じていた。
 状況が一変したのは、ウソップの攻撃だった。ウソップの狙撃で酒場内は大きな植物が出現し、偽物の麦わらの一味を攻撃して乱闘騒ぎを起こす。
 この状況では落ち着いて話もできない。ナミはウソップを連れて早々に店を変えた。話したいことが沢山あるのだ。
 ナミとウソップは、落ち着いたバーに入り、酒を片手に一通り二年間の生活について情報交換をする。そして行き着く話題は二人して、ジェシカについてだった。
「私たちの船、どうなっちゃうのかしら」
「そりゃあ、ルフィの決断しだいだろう」
 ジェシカとルフィのことは、ウソップも懸念していたようだった。
「目の前で兄ちゃんが殺されたんだ……そりゃあそれなりのモン抱えてんだろうよ」
 ウソップは腕を組んだ。この二年間でウソップも成長したようで、身体に逞しさが増している。二年前の頼りない腕はどこにいったのか、しっかりと筋肉のついた腕にナミは静かに目を丸くした。
「ジェシカ……本当に来ると思う?」
 ナミはジェシカが『約束の日』に現れない可能性を考えていた。ジェシカは『名誉大罪人』として、言わば海軍の狗になったも同然である。『名誉大罪人』とは、罪を軽くしてもらう代わりに海軍の言うことを聞くというものだ。行方不明だけれど、そのまま海軍に身を置いているのならば、この場には現れないだろう。それどころか、『約束の日』の情報が海軍に渡っており、出航を妨げにくる可能性だもある。
「そればっかりはなあー……ジェシカが考えていることがわからねぇから、なんとも言えねェよ」
 ウソップの言葉にナミは返事をすることが出来なかった。そうなのだ、ジェシカの考えていることが一番わからないのがネックなのである。
 ルフィは追悼記事を通して『3D‪✕‬2Y』という暗号を届けてくれた。しかし、ジェシカは違う。行動の意味も、理由も、何もかもが謎めいたままである。
「もし、ルフィがもう仲間じゃないって言ったら、どうしよう……!」
「ルフィがそんなこと言うか!? あっ、いや、そうだよな、言うこともあるかもしれねーよな……」
 人の命がかかった出来事だった。エースが殺されて、辛い思いをするルフィの元に、自分たちは居ることすらできなかった。ルフィを一人ぼっちで苦しめてしまったことは、ナミとウソップにとって心苦しいことだった。
 仲間は絶対に見捨てない。ルフィはそういう男だ。しかし、今回ばかりは話が違う。
「私……真実を確かめたい! そして、ジェシカともう一度、海に出たい……!」
「おっ、おれだってそうさ!」
 ナミとウソップは近い将来に不安しかなかったが、それでも互いの気持ちを確認し合い、強く頷きあったのだった。

22,07.21



All of Me
望楼