再会


 ジェシカは目を覚ました。カーテンから漏れる光は既に太陽が昇っていることを示していた。起き上がると、ベットサイドのテーブルに紙が置かれていることに気づく。なにか書かれている。ジェシカは手を伸ばして紙を引き寄せた。
 紙は二枚あった。一枚目は、サンジの名前が書かれている。
『目が覚めたら四十二番グローブへ。そこにサニー号がある。おれはマリモを探してから向かうよ』
 眠る前はゾロもこの部屋にいたが、また迷子になっているのだろうか。二年前、呆れた顔をしつつも毎度探してあげていたサンジと、なにもわかっていないゾロのやりとりを思い出し、ジェシカは口元を緩めた。
 もう一枚の紙に目をやる。それはこのぼったくりバーの主人、シャッキーからだった。
『起きたら着替えて下へ降りてきて』
 素朴なメッセージはシャッキーらしいなと納得する。紙が置いてあった隣には、新しい服が置かれていた。広げて確認してみると、シャツとチノパン、フード付きのコートと、白い肌が日光に当たらないものばかり。そして日光避けのサングラスが置かれていた。誰が用意してくれたんだろうか。考えつつ、ジェシカは着替えをしていった。

 下の階に降りると、バーにはシャッキーしかいなかった。ジェシカと目が合ったシャッキーはにこにこと笑いながら、近くに置いてあった紙にさらさらと何かを書いていく。
『みんなはもう行ったわ。あなたが最後よ』
 みんな、最後。その言葉にしばらく首を傾げたジェシカは、今日が『約束の日』なのだと思い出す。少し重たい気持ちを引きずりつつ、ジェシカは受け取った羽根ペンでお礼を綴った。
『怪我のことから、何から何まで、ありがとうございます』
 書き終えて頭を下げる。しばらくして頭を上げると、シャッキーの腕がジェシカの頭に伸びていた。頭を撫でられていることに気づいたジェシカは、ぽかんとしてしまう。シャッキーはくすくす笑いながら、紙にメッセージを書き込んだ。
『頑張りなさい。言いたいことは、我慢せずに言うのよ』
 言いたいことは、我慢せずに言う。それがどれほど難しいことなのか、ジェシカは薄々と気づいている。
 シャッキーの言葉に、ジェシカは静かに微笑むことしかできなかった。

   *

 四十二番グローブの海岸に、コーディングされたサウザンド・サニー号が停泊していた。そこへ近づくたびに賑やかな声が大きくなっていく。しかし、ジェシカの耳はそれを拾わない。ジェシカは船の前にたどり着くと、二年ぶりの船をぼうっと見上げた。
 一方船にて、ルフィが合流し、一味の活気はさらに湧いていた。
「――なァ……ジェシカ、まだか?」
 一通り喜びを分かちあったルフィは、ぽつりと零す。今までの和気あいあいとした声ではなく、どこか鋭さを放っており、クルーはピタリと動きを止めた。
「あ、ああ……まだ来てねぇな」
 フランキーが返事をする。クルーはその場から足が甲板に縫われてしまったかのように、動くことが出来なかった。ルフィの纏う空気が、冷たく痛いものに変わっていたからだ。
「ルフィ、ジェシカちゃんなんだが――」
 サンジは唐突に話をする。話しても良いものか。それはサンジの中でも、ゾロやフランキーと話していても迷ったことだ。
 ジェシカに起きたことは、人には知られたくないことだ。しかし、仲間ならば知っていなければならない。ジェシカがどれほどの想いで行動していたのかも、なにが彼女をあのような状態に陥れたのかも。だが話をしない限りは、真実は浮き彫りにならないし、彼女の努力も何もかもが泡になってしまうようで、サンジはそれが許せなかった。
「おい、コック」
 静止をしたのはゾロだった。腕を組み、真っ直ぐにサンジを射抜いている。ナミたちは首を傾げながらサンジとゾロのやりとりを見守っている。
「言うべきだろ……!」
「それをアイツは望んでるのか」
「望んでるも何も、あの子はそれすら……!」
 サンジは声を荒らげる。二人の普段の言い合いとは別の空気を孕んでいて、何事かと一味は固唾を飲んだ。
「ん?」
 小さくチョッパーが声を漏らした。ロビンの視線を感じながら、チョッパーは鼻を鳴らして匂いを辿る。ジェシカの、花のような匂いがする。けれど、そこに血の匂いが混ざっている。
 チョッパーは居てもたってもいられず、ぴょんと飛び跳ねて船の手摺に乗り上げた。
「やっぱりいた〜!」
 チョッパーが探していた人物はすぐに見つかった。チョッパーは喜びの声を上げながらも、身体を確認して驚愕した。
「ジェシカ! なんでそんな怪我してんだ!?」
「うそ、ジェシカ!?」
「ジェシカさん、間に合いましたね〜!」
 ナミとブルック、その他のクルーも手摺へと急ぐ。サンジとゾロはルフィを盗み見る。ルフィはただ、黙っていた。
「ジェシカ〜! 会いたかったぞ〜! でもすぐに傷を診せてくれ!」 
「ジェシカ! よかった、たどり着けたんだな!」
「無事でなによりだわ、ジェシカ」
 チョッパーの感動を皮切りに、ウソップやロビンがそれぞれ声をかける。サンジは煙草をくゆらせながら、ルフィを横目に静かに手摺へと向かった。皆の声は、ジェシカに届いていない。ジェシカは立ち止まって、ただクルーを見上げていた。
「おい、ルフィ!?」
 後方でゾロが驚きの声をあげる。何事かと振り返った仲間たちは目を大きくさせた。ルフィは腕を伸ばして手摺を掴み、その反動で船から降りていく。
「ルフィ!」
 クルーが名前を呼んでも、ルフィは止まらなかった。スタンッと軽く降り立ったのは、ジェシカから数歩離れた地上である。
 船長として、ルフィがついに動く。

22,07.22



All of Me
望楼