再出発


 シャボンディ諸島特有のヤルキマン・マングローブの枝の隙間から光が注ぐ中、船長であるルフィは再び船に乗船した。片手には腕でぐるぐる巻きにしたジェシカを携えている。
 二人の会話の内容は、離れている船上からはほとんどわからなかった。ただ、ルフィが本気でジェシカに語りかけていたことを、クルーはルフィの姿勢で気づいた。ジェシカの返事がわからなかったが、緊迫していた空気が突然ふわっと柔らかくなり、ルフィが泣きながらジェシカを抱きしめた。くそゴム、テメェそこをどきやがれ。サンジが瞬時にそう思ってしまうのは、相手がレディであること、そしてさらには大切にしたい女の子だからだ。
 船上に戻ってきたルフィはニコニコしていて、ああこれで終わったんだと一味は皆胸をなでおろした。ルフィがジェシカを連れてきたということは、ジェシカはまだ麦わらの一味であり、仲間であることと同義だった。
「話は着いたのか、船長」
 ゾロが腕を組みながらルフィに問いかける。ルフィとジェシカの話が終わったことは気づいていたが、確認が必要だった。クルーは皆ルフィの返答に耳を傾ける。
「ああ。待たせたな、野郎ども。出航するぞ!」
 なにはともあれ、ルフィとジェシカの仲は二年前と同じく睦まじいままだった。サンジはほっと息をつきつつ、いつまでもジェシカをぐるぐる巻きにしているルフィに怒鳴り声をあげる。ルフィは忘れていたかのように「ああ、そうだった」だなんて言って、腕を元に戻した。
「ジェシカちゃん、大丈夫かい?」
 サンジが話しかけると、ジェシカはサンジに顔を向けて頷いた。
「えっ……ジェシカちゃん、声が……?」
 聞こえるのか? そう続く予定だった言葉は、ジェシカによって遮られる。コートのポケットからメモを取り出したジェシカは、光のように走って船内に入っていくと、万年筆と墨を持って戻ってきた。
「ジェシカ? どーした?」
 ルフィを始め事情を知らないクルーたちが首を傾げるなか、ジェシカはメモを芝生に置き、膝を着いて万年筆で何かを書き始める。さらさらと流れるように書かれる文に、一味は驚愕を隠せないでいた。
「ジェシカ、声出ねえのか!?」
「うそ! だからずっと静かだったわけ!?」
「しかも、耳まで聴こえなかっただとォ!?」
「なんですってえ!?」
「さっき聴こえるようになったって……ルフィと話している時ってことかしら」
「ジェシカちゃん、やっぱり聞こえるようになったのか!」
 チョッパー、ナミ、ウソップ、ブルック、ロビンに続いて、サンジが納得したように声を上げる。
「もしかして、ジェシカが来る前にサンジとゾロが言い合ってたことって、“このこと”だったの?」
 ロビンの視線がサンジとゾロに映る。ゾロは「ああ」と短く答えるのみだった。サンジはロビンからの視線にメロリン状態になりつつも、理性を保って追加説明をする。
「ジェシカちゃんが怪我を負ったところを、おれとクソ剣士が見つけたんだ。怪我の後遺症なのか、ジェシカちゃんが目を覚ました時は、声も出ねえ耳も聞こえねえ状態だった。まぁ、耳はジェシカちゃんの言う通り、さっき聴こえるようになったみたいだけどね」
「どぅぇえ!? ジェシカ、耳聴こえてなかったのかァ!?」
 ルフィが驚いて目玉と舌を飛び出している。ナミとウソップから反応が遅いとツッコミを入れられながら、ルフィは話を続けた。
「おれが話した時、ちゃんと伝わってたぞ!? なんでだぁ!?」
「だから! その時に聴こえるようになったって言ってるでしょうがァ!」
「なんだってー!? ジェシカ、耳聴こえるようになったのか!」
 ナミがルフィにツッコミを入れるように説明してやる。ルフィは遅くも話の流れを理解することが出来たようだった。
「ジェシカ! 怪我は大丈夫なのか!? 診せてくれ!」
 チョッパーがジェシカに話しかけると、ジェシカはこくんと頷いていた。
「フランキーは知ってたのか? さっきの話驚いてなかったよな」
「ああ。一足先にここに到着してな。と言っても、話を聞いたのは今朝のことだ……ウウッ、ジェシカ、耳が聴こえるようになって、よかったなァ……!」
「ヨホホホホ! 祝福の音楽でも奏でましょうか!」
 ウソップに訊かれたフランキーは首を縦に振るが、すぐに涙腺が緩んでしまっている。ブルックは機嫌よくヴァイオリンを奏でている。
「ほんじゃ野郎共! ずっと話したかったことが山ほどあるんだけど!」
 ルフィが仕切り直しと言ったように声を上げる。クルーは皆手を止めてルフィに注目した。
「二年間おれのワガママに付き合ってくれてありがとう!」
 ルフィは仲間の視線を一心に浴びながら息を吸う。ジェシカはメモと万年筆を芝生に置いて立ち上がる。
 サンジはちらりとジェシカに視線を移す。ジェシカはもう、悲しい顔をしていなかった。ルフィの様子に口元を緩めている。よかった、もう苦しいことはないようだ。二年間を経てようやくジェシカの微笑んだ顔を見ることが出来た。微笑みを向けている相手がルフィであることは気に食わないが、サンジが二年間ずっと焦がれていた表情だった。ポケットに手を入れてサンジは肩を竦める。
「出航だー! 行くぞォ! 魚人島ォー!!」
 麦わらの一味は二年の月日を経て、再出発を果たしたのだ。

22,08.04



All of Me
望楼