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 私の仕事は物流会社の事務処理だ。やること自体は単純で楽ではあるけれど、楽しくはない(そもそも労働は楽しくない)。
 給料も待遇も可もなく不可もなしといった具合だし、繁忙期は他の会社と同じように忙しい。小さいころも大人になっても事務は地味な仕事だという感想に変わりはない。だが実際のところ、目に成果が見えづらい仕事ほど生活の基盤になっているのは事実だ。とはいっても自分がしていることは誇らしいとは思わないし、私は自分で考えるのが怖くもあり面倒でもあり、割り振られた仕事を期間内にやるだけである。
 社会人3年目となると期日と自分の仕事の早さから逆算してわざとゆっくりタスクをこなすとか、小休憩も兼ねてトイレに行くとか、勤務中の細かい息抜きの仕方も覚えられてきた。仕事に慣れてから改めて職場とひとを見てみると、案外私以外にもそうやってゆっくりと時間を浪費しているひとたちはいる。前よりもサボることに罪悪感を覚えなくなった。
 それとなく業務用PCのディスプレイ画面を見つめながら時間を潰して、12時のチャイムと共に席を立つ。同じデスクの社員さんたちに一声掛けてから事務所を出て、階段を使い一階にある社員食堂へと降りた。
 昼食はいつも社食で済ませている。券売機にスマホロトムをかざして食券を受け取ると、おばちゃんへそれを手渡した。おばちゃんも私がいつも決まったものを頼むと知っているのか、なにも言わずにそれを受け取って淡々と準備をしている。
 彼女は私が入社する前からいるひとらしい。愛想と化粧っ気のない、顔に皺があるけれど肌に張りがあるきれいなひとだ。あくタイプを思わせる鋭い目つきであるとか、すっと切れのある薄い唇とか、パーツのひとつひとつに彼女の振る舞いが滲んだような顔立ちをしている。
 おばちゃんが不愛想なのは誰に対してもそうらしく、入社して間もないころは同僚が愚痴をこぼしていた。
 確かに、愛想は大事だ。ひとに良く思われると落ち着くし、気持ちが良い。けれど私は愛想のないおばちゃんの、凛とした振る舞いが羨ましいと思っている。愛想が良くて仕事ができないひとよりも、愛想が悪くても仕事ができるひとのほうが好感が持てるから。
 彼女はテキパキと料理の盛り付けを済ませて、私が頼んだ食券番号をきりりとした声で読み上げる。私もそれに答えるように配膳されたトレーを受け取り、お昼の定位置にしている角の席へと向かった。
 母から連絡があったのは、食事を済ませて事務所へ戻る直前のことだった。サイレントモードに設定していたスマホロトムが軽く震えて画面を見ると、一件だけメッセージが入っている。
 事務所に戻ってから改めて内容を確認する。何気ない挨拶から始まり、近況であるとか、金曜着で荷物を発送した旨が書かれていた。
『今年の年末は帰っておいで。ゼンたちが寂しがってたよ』
 当たり障りのない返事を考えながらメッセージを読み進めたが、文末の一言で画面をスクロールしていた指からじんわりと嫌な汗が滲む。いま仕事だから夜にちゃんと返事する、荷物ありがとう。とりあえずそれだけを伝えておいて、端末を制服の胸ポケットへとしまった。



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悲喜として茫洋