陽が暮れて、紫色の影が色濃くなった執務室で静かな話し声がする。

「申し訳ないのですが、こちらから出せそうにないので手配を依頼できますか」
「もちろん、いいよ!相変わらず大変だね」
壁に掛けられた鏡へ話しかける彼だけを見たなら、それは異質な光景だったろうが、向こう側からは元気な若い女性の声が聞こえる。

鏡の向こうは、落陽のため橙色に染まった海だ。


「いえ、そんなことは…」
「あるよぉ!アイツ変なとこで意地っ張りだなぁ〜。きっと意識無くしたことをナイが気付いてるだなんて思って無いんじゃない?」
「そこは僕を誉めてくださらないんですか?」
「うーん、まぁ、逆に感づかせないところは誉めて使わす〜」
「光栄です。オフェリア南領長」
どこか不服そうな向こう側の女性は大きく息を吐き出すと、昔馴染みの青年へ諦めたような視線を寄越した。
「ま、島への使いと東への補佐はわかったから。イージスの不調は呪術が絡まった領地に神官として迂闊に入ったからだと思う。アイツの言う通り明日には目を覚ますでしょ」
「お見立ても頂きありがとうございます。なにぶん、呪術に明るくないものですから」
「そこがナイの意外なとこだよね〜。こんなに綺麗に鏡話陣張れるのに」
こんこん、と向こうから鏡を叩く音が響いてくる。
陣術は意識下で複雑な陣を組み上げ、力として放出する魔法のようなものだ。自分の意識調整が出来なければ扱えない。
この陣は“映す”ものを媒体に遠距離の相手に連絡をとる術だが、術を使える者は片手で数えるほどしかいない。
彼は随一の陣術士でもあった。

「畏れ入ります」
「そんな畏まらないでよ〜、まぁ、しょうがないけど…。さて、急いで北に行くように伝えるから、そっちも準備よろしくね」
「はい、もちろんです。よろしくお願い致します」
「じゃあね、またお休み貰えたら帰ってきな」
「ええ、きっと」
答えに引っ掛かりを覚えたのか、少し眉間に皺を寄せた顔を最後に、陣が解けた。
静電気のようなパチパチとした音と生温い風を伴って普段の鏡に戻ったそれの前で、1つ息を吐いた。
整えていた髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
ふらりと傾く身体をそのまま近くの椅子に放り投げた。体重を受け止めて軋む音が部屋に響く。
「あぁ、…」
壁一面を切り取った大きな窓から射し込む光は、月の光に代わり始めていて、部屋は音を吸い込むような静寂に。
背凭れに預けた頭をくるりと左に回せば、そこには大きな執務机と、後ろの壁に先ほど戻した成人一人分ほどもある大きな剣。普段はこれくらいの時間まで彼の領長がそこにいる。
酷い倦怠感と胃の奥が粟立つような変な息苦しさが襲って来て、ナイジェルは息を深く吸い込んだ。
「良かった、ご無事で…」
青く染まる部屋に、染み込むような声だった。






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