バストラマ公国は南北に細長く、南側は北領、北側・西側はバスク帝国、東側は海に面している。
国土は広くないが、海と山の産物に恵まれた豊かな土地。
76年前に大国であるバスク帝国から、教会の力添えもあって平和的に独立を果たし、至って穏やかに政権を維持している。
今のバストラマ公は友好的。前任はオフェリアとあまり良い関係では無かったようだが。
アマデオの知識はそんなところだ。
「まぁまぁかな」
「…じゃあ他に何があるんだ」
住みやすい国ではある。
ただ、良くも悪くも特筆すべき事が無い。そんな国のはずだ。
「バストラマ公国はまだ治水が上手くいっていないんだ。河川の氾濫が防げないせいで、濁流に乗ってきた泥から発生するものに悩まされている」
「衛生的に問題がある地域が存在するということか」
公国に流れる河川は3つ。
内2つは南側のリア・アデーラ山からのアデーラ川と、東側のサンドラ山のフレア大河。どちらも標高が高い山から海まで、流れ落ちる様な川だ。そんな河川は急流になりやすく、土地を削り蛇行する。
上手く治水しなければ、大雨の度に家や畑が流されるだろう。
「公はお優しい。優しいが故に、大きな事業になると時間がとてもかかる」
「…反対勢力を御しきれないのか」
「そう。どうしても“良い過程と結果”両方を欲しがる」
「大きな災害を無くすための事業に反対する奴がいるのか?」
「事業に反対しているのでは無いんだよ。この土地は貴族の土地だ。得てして気位が高くて、少しでも気に入らなかったらとりあえず反論したいんだろうね」
「なっ…く、下らない…」
つまりは、バストラマ公が気に入らない派閥の貴族が難癖付けて、あーだこうだ言うらしい。
「そうだね、とても下らない事だよ。だけど、ここは“そう”なんだ。独立はつい最近だけど、ずっと、ずっと昔から、それこそ帝国の一部だった頃からね」
雑踏に掻き消されそうなくらいの音量で、まるで数百年の歴史を見てきたかのように言う。
その横顔を見ながらよく考えてみれば、領を預かっていて「反発」というものを感じたことが無い事実に思い当たる。
利害の一致、説得───反対はあるが、手と心を尽くせば領民は頷いてくれる。それは補佐役として官職に就く者たちも同じだった。
「神で成り立っているからね」
考えを読んだように、ルネが顔を寄せて囁く。
国の成り立ちと経過が、筆頭神官である領長の権力を押し上げていることに背筋がぞっとした。
「…っ解っている。ただ、こうして実例を目の当たりにすると、ハッとさせられる」
「多分その経験はあと何十回とあるよ。遠征は少ない方が平和だけど、研修のための諸国漫遊くらいはする?イージスに申請しておこうか?」
「…考えておく」
まだ彼は経験が少ない事を、自身も領民も知っている。だから民はこぞってアマデオに色々教えたがるし、こうやって北領長に付いて他国に向かう事を容認している。
一方で領長としても人としても未だ成長が足りないのを、ルネは愛しく思うらしい。
「気になったんだが、…つい最近って、独立は確か70年くらい前だろう?」
「ああ、アマデオもあと15年くらい“神官の寿命”で生きたら、70年か、短いな〜って思うようになるよ」
ずっと長い間、ルネは領長として生きている。
見た目の年齢こそ若いが、それこそアマデオの数倍の年月を過ごしていて、他国の知り合いも多い。
「…なるのか?」
「うん。だから最近イージスが怒るんだ。人間でいることを忘れんじゃねーぞ!って。彼はむしろ人間臭すぎるんじゃないかと思うんだけれどね」
「確かに、あの在任期間にしては破天荒なところがあるが」
「だろう?この身体って便利だから、年を追う毎に現実から離れていく気がするんだ。アマデオも気を付けなさい」
大通りを渡って小道に入ると、横道2本ほど向こうに白いな建物が見えてきた。
ここの通りは店が開いている。だいたいの店先には乾燥させた植物やその実が、奥には瓶詰めの何か得たいの知れないものが置いてあって、つんとする消毒液の匂い。
時折、真っ白な布地やゆったりした造りの服を売っている店もあれば、食品や細々した日用品を置いている店もある。
この通りは“治癒通り”。
そしてあの白い建物は、三角屋根までも真っ白な、グラン・ガーデン薬剤局だ。
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