隣にいた事務員が声をあげた。
唯でさえ響きやすい室内を、声がわぁんと駆け巡って溶け込むように無くなると、彼女は更に目元の隈を色濃くしたような酷い表情で下を向く。
驚いた視線が待ち合い室のあちらこちらから飛んで来るが、何事もないと分かると、すとんと落ち着いた。

「…、すみません」
「いいよ、気持ちは分かる」
「っ!」
何も感じていないような平坦な声に、ぐっと唇を噛んだ彼女は、下を向いて動かなくなってしまう。
黙っているアマデオはハラハラした表情で二人を見ているが、当事者は平然としている。
「…相変わらずだなぁ、お前さんは」
「誉め言葉として受け取っておくよ。他には?」
「ここまで聞いたら、公がそっちに通達しなかったのもだいたい分かっただろ?」
「感染症は山を越えられない。だとしてもね、此方もやり方があるんだけど…」
「そりゃ、公には分からんだろサ。私だって逆らえんわ」

諜報課に入った情報は、きっとこのガーデン調合師からもたらされたものだろう。

「教会に諜報課があることは分かっていらっしゃるだろうし、解せない点が色々あるなぁ…」
「どうするんだ?」
「一旦帰ろう。そろそろ島から到着するだろうし、イージスにも一度話をしないといけなくなった。ありがとうガーデン爺、また来るかも知れないけれど」
「おん、気ぃつけて帰んな」

アマデオも挨拶を済ませると、足早に薬剤局を後にする。
ひやりとする空気をコートの裾に巻き込み歩く二人を目で追いながら、ガーデンは静かに口を開いた。
「ナァ、言っただろう。憧れるのは止めねえが、あいつはマズいぞってな」
「でも、先生…」
「口だきゃ、昔と変わらず優しいんだ。だけど聞いたろ?あんの感情の篭ってない声。あいつは“北領の長である神官”であって“ルネ”じゃねぇんだ」
「はい…」
彼女はどこか、期待していたのだ。あの領長は優しいと評判だから、この国の民にも優しいだろうと。
感染病によって彼女の弟が右手と左足を切り落とすことになったことも、きっと、話せば同情してくれて、あの痛み止めの薬のような色の瞳で包み込んでくれるんじゃないかと、ふわふわした夢を見ていた。

「あいつの“愛”が適用されるのは自国の民だけなんだ」

もう、返事さえ出来なくなくってしまっていた。




- 16 -
*前 | next#



novel top
CURIOUS