「それで、異常気象の事だろう」
「そうそう、ルネが上手くやるだろと思ったからボーっとしてたんだけど、デコンが上手く育たない〜!って嘆願書が来ちまった」
中央領北側でじわじわと平均気温が下がっていると聞いて、さすがに動かない訳にいかなかった。

「あぁ、君、デコンのタルト好きだよね。まさかそれで?」
「いや、まぁそれもあるっちゃ、あるけど」
確かにデコンという柑橘類のタルトは大好きだ。
中央で年2回収穫出来る常緑樹の、苦味の強い果実を砂糖漬けにして作るもので、中央の名物の一つ。
名物と言うだけに、お土産物として結構な収入元になるから、不作は避けたい。
「生産者への保証も大変なことになるだろう?」
「まーな、だからこれはヤバい!って思ってさ。どう?早めになんとかなる?」
「うーん、…それが事態は厄介なんだよなぁ」
「何、なんかあった?」
「それが、国境付近の祭壇に仕掛けがされててね。取るのに手間が掛かりそうなんだ。何か引っ掛かるものが見えてたけれど、これだったとはね」
「う、うわぁー…ご加護を祈っとこ…」
この場合の祈る相手は死の神だけど。
「こら。君の奉神が本気にしてしまうから、まだ止めておきなさい」
"まだ"と言うあたり、この男は本当に…
しかし、本当に事態は厄介だった。
俺達は神官であり騎士でもあるが、そういう呪術的なところは扱えない。戦うための"陣術"は使えるが、ちょっと分野が違うのだ。
だから専門家を呼んで、必要であれば場を整えて、仕掛けた張本人を炙り出して裁判官へ引き渡して、とか、その他諸々やることは沢山ある。
3週間でカタがついたらいい方だろうな。

「ま、とりあえず島から1人貸してもらおう」
マグの底に沈んだ蜂蜜を小さな木匙で掬って食べていれば、ルネにしては珍しく、諦めたように言い捨てた。

“島”

南領の更に南。植物と豊穣の神が統べる祈りの地がそこにある。
呪術に長けた部族が居るので、中央に戻ったら連絡を出さなければ。ルネはあそこの族長と仲があんま良くないからなぁ…
「早くて3日かかるぞ」
「ありがとう。こっちはこんな中じゃ隊員は動けないから、僕と、あとはアマデオに手伝ってもらって動くよ」
「そうした方がいいな、1、2時間であれだけ消耗してたら境を越えるのは無理だ」
「…人間ってちょっと不便だよね」

「………とんでもねぇ発言するなよ」
疲れたように背もたれにどろどろと沈むルネは威厳など無くて、発言も含め世間に見せられたもんじゃないが、俺は知っている。この北領の女子は神ではなくほとんどルネ自身を崇拝していることを。
そして、
「ミルク持ってきまし、る、ルネさん…!なんて格好してっ…!」
「あ、ありがとうライル」
この副官もルネが大好きだってことを。
中央は騎士団の配属希望に一通り目を通すから、ライルが北領を志望した理由だって筒抜けである。
暖かい飲み物を一口飲んで、ふぅとため息を吐いた、なんとも罪深い神官を横目に見つつ、最後の蜂蜜を口に放り込んだ。

「………さーて、帰ろ」
「イージス、外見なよ、今出てもリムノスキアが動かないよ」
「え、まじで」
「まじでだね」
慌てて振り返って窓の外を見れば、外は酷い吹雪だった。
山の天気は変わりやすいと言うが、それは標高の高い立地のこの本部でも適用されるらしい。
「お前のリムノスキア貸しては…」
「マリナを?いいけど手綱握れないだろう?」
「っぐ、」
こんなに吹雪くと知ってたら早めに出てたのに。 ルネのリムノスキア─マリナはこの男に付き添って悪天候でも動いてくれる唯一の移動手段。ルネ以外には手綱を握らせないのは、なんと言うか、まぁ、紛れもなく彼女も北領出身なんだなぁと思う。
「イージス中央領長はマリナさんに嫌われているんですね」
「ライルもこの間、頭突きされてたろうが!」

呪術に縛られている(らしい)冬神でも、やはり自分の愛し子である神官の身の安全は、確保したかったんだろうか。これはルネが戻った直後から荒れ出した感じだ。

「ルネさん、ぼく、ゲストルーム整えて来ますね」
「ありがとう。ついでに料理長に1人分追加をお願いしてきて」
流れるような対応が、まるで“よくある、よくある”と言っているようで、改めてこの土地の生き辛さを実感するのだった。






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