花泥棒と恋のオペラ
 人混みを縫うように、帰路へ着くために足を動かす。夕刻もまだだというのにこんなに人がごった返しているのは都会の特徴だろう。
 今日は、テスト期間中のため学校は午前で休校。絶対上位を目指せという両親からのお達しがある訳では無いが、同級生たちの誘いも断って足早に学校を出た。
 目の前の信号が赤に変り、ピタリと歩みを止めたその時だった――どんっ!と小さな衝撃が足へと伝わり、何かが俺の足にしがみついている。何だ、何だと、確認するためにその正体を見る前に、しがみついて来た人?は、俺に向かって言ったのだ「Daddy!」と。

「は?え?」
「Shhh!Coordinate their story!」

 訳も分からぬまま、外国人のガキは俺を縦にするように隠れて、ガキが走ってきたであろう方向を睨んでいるが、暫くしてホッと息をついては、俺の足からようやく離れた。疑問符が飛んでいるのは俺だけではなく、周りの通行人もそうみたいで不躾に俺と子供を見てくるのがとても不愉快だった。
 はー、面倒だ。
 終始英語を話しているという事は、日本語は恐らく伝わらないだろう。まじかよ。まだ、中学英語習ってるばっかりなんだけど?

「Can you speak Japanese?」
「No……I'm lost.I'm looking for a dad!Have the kindness to help me.」
「待って待って!Stop!一気に喋るなよ……ついて行けねぇだろ」

  周りの視線が気になるので、道の隅に寄ってちょうど腰掛けれそうな背の高い花壇に子供を乗せてから、俺もその隣に腰掛けた。鞄の中から電子辞書を取り出して、ゆっくり話すように英語で頼んでみれば伝わったのか、子供は先程の早口よりも、柔らかくゆっくりと単語を区切って話してくれる。
 噛み砕いて、噛み砕いて話を聞けば、初めての日本で、父親とはぐれ、変な人に声変えられて怖くて逃げたら俺が居て、助けを求めたらしい。
 ……ここまで電子辞書を駆使したことねぇぞ。
 その怪しい人物達は今のところ来てはいない様だし、子供もあんまり怖がる素振りも見せていないが心細いのは確かだろう。俺だって、言葉も通じない異国に一人でほっぽり出されたら少しだけ怖い。
 何とか英語で、はぐれた場所近くの交番に届ける旨を伝えれば、子供は不安げながらも首を縦に振ってくれた。

「Don't worry about me.」
「Thank you so much.……Ahー……オ、ニイチャン?」

 たどたどしいが、子供はちゃんと理解して言えてることに驚いた。
 なんだ、日本語ちゃんと言えんじゃねぇか。
 不安げに揺れる、自分とは違う色彩を放った瞳を和らげるために俺は子供の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。止めて!というニュアンスの英語が聞こえてきたが無視だ。最後に、女みたいにサラサラしている髪をひと撫でしては、子供を抱きあげる。
 最初は目を白黒させ、驚いてはいたが親身になって話を聞いていたのが幸を為したのか暴れる様子はない。少しだけ恥ずかしそうにしていたかと思えば、俺の片頬に手を添えて、そのまま子供の方へ引き寄せる様に押してきた。疑問符が残る頭の中で、次に感じたのは柔らかい感触。引き寄せられて、片頬にキスされたと理解したのは子供の忍び笑いが耳元を撫でた時だ。

「I’ll save my life only for you.」

 何を言っているのか分からない。
 しかし、蜂蜜を煮詰めたような髪色を持ち、若葉色のその瞳を楽しげに細める子供は俺の腕の中で笑っている。

 ――い、

 ふと、何かが聞こえた。
 後ろからひっぱられる感覚。つんのめりそうな、足元から掬われるような。

 ――い、――き

 アスファルトの乱射が強くなる。眩しそうにする俺とは別に、子供は嬉しそうに笑うだけだ。
 あ、これ、もしかして……――

「――……いい加減起きなよ、風邪ひくよ!?」

  肩を揺さぶられて、ピントの合わない視界に揺らめくのは夢と似ている色。

「……おはよう」
「おはよ。そんなに疲れてたんならベッド行きなよ。ソファで寝るなんて自己管理がなってないんじゃない?」

 湯気が立つマグカップを差し出されて、素直にそれを受け取れば彼特性のホットミルクだった。彼の真似をして蜂蜜を入れてみるけど、どうしても同じ味にならないのが不思議で仕方がない。

「……小さいギルに会った夢を見た」
「はぁ?アンタと僕が出会ったのは、料理御侍を初めてからでしょ」
「うん、だよね。夢の中で、子供の頃の俺が外国の子を助けたんだけどその子がギルそっくりでさ」
「へぇ。夢の中のアンタはしっかり英語言えたわけ?」
「はは、まさか。手探りでその子の言う言葉を辞書で引きながら訳したよ。あ、そう言えばその子こんな事言ってたっけ・・・・・・『I’ll save my life only for you.』って」

 マグカップをサイドテーブルに置いたと同時だった。どんっ、と肩を押され少しだけ窮屈なソファの上へ再び戻される。

「ワザとなんだろうけど、いいよ。のってあげる」
「俺はそう言うつもりで言ってないけどねぇ」
「うるさい、黙りなよ。そんな陳腐な囁き反吐が出るね」

 俺の上に跨る恋人は、瞳の奥を微かに光らせている。その姿は、酷く官能的に見えてしまい――ゾクリと身体に電流が走った。






『I’ll save my life only for you.』
――僕の愛をあなただけにとっておくね。

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