掌の輝石
ころりと斎の手のひらに転がったのは、フィルムに包まれた丸い黄緑色のキャンディ。透明なフィルムは見る角度によって色を変え、子供が見たらわくわくと胸踊らせるだろう。しかし生憎の所、飴を配り歩いても貰うとなるとイマイチ喜びづらくなってしまっている年齢の男に、歳も変わらない男がキャンディを無言で押し付けるのは如何なものだろうか。
指先でそれを摘んだ斎は、ガス灯の明かりをかざして小首を傾げた。光に当てられた包装は、より一層煌めいて飴玉もキラリと光る。
くれた相手へ密かな想いを抱いてるだけあって、何だか特別な物へと思えてくるのはおかしいもので……こんなキャンディ一つで世界が変わって見えるのだから、恋とは恐ろしいものだ。
「……ハロウィン?」
「今なん月だと思ってるわけ?」
斎の言葉に、「今日は、サンタクロースデーだから。その余り物」と、首に巻いたマフラーを巻き直しつつ、ギルバートは呆れたようにひとつため息をついた。
「あー、中欧の風習だっけ?」
「そ。相変わらず博識なことで。教会の子に何人か中欧の風習の子がいてね。どうせならやりましょう、ってティラミスが煩くて」
ナイフラスト特有の湯けむりで、辺りは霧のようだがギルバートは、慣れた道を迷うことなく歩き続ける。
斎が乗船する連絡船の時刻は、まだ先だ。この分だと、余裕で港までつくだろう――ギルバートは、ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認しつつ静かに息をついた。
「……ここ、好きなんだよね。」
ジジっとガス灯が燻った音を出し、港が近いため微かにさざ波が聴こえる。こつりと踏み鳴らした革靴の底は少しだけ軽やかで、囁かれるように落とされた言葉は、白い吐息と共に冷えた空気へゆったりと溶けていった。
「霧に見える湯けむりも、ガス灯も、レンガ路も、故郷みたいでさ」
言うつもりもない言葉が出てしまうのは、自分の数歩後ろを歩く男に絆されてるせいなのか。
今、この静かな夜がそうさせているのか……ギルバートには分からなかった。
「――その色」
気軽いステップを止めて、再び呟きたギルバートの言葉を斎は「色?」と、促すように復唱する。
「母さんがよくキャンディ見る度に言ってたんだよね。『ギルバートの瞳はお星様みたいにキラキラしててお父さんと同じだけど、キャンディみたいで可愛らしいわね』って」
ギルバートは、おもむろに自分のポケットから斎と同じ包装の一粒のキャンディも取り出し、それを剥がす。指先に摘まれているのは、紫色。しかし、周囲の薄暗さも相まってその色は黒にも見えた。
自分と同じような立ち止まってくれている斎の方を振り向いては、昂然とした顔つきで――
「――アンタの色だ」
悠然と摘んだキャンディを口の中へほおり、また時間を確認しては「ちょっと急ごう」と、再び真っ直ぐな足取りでレンガ路を歩き進む。その後ろに斎は進むはずなのだが、今はそれどころではない。色々突っ込みたいことは山ほどあるのだが、自分の指に包まれている黄緑色キャンディの包装を解く――艶やかに光るそれは、ギルバートのエメラルドを彷彿させた。
ギルバートに習うように、キャンディを口にすれば甘ったるいマスカットの味が口いっぱいに広がる・・・・・・普段なら顔を顰めてしまうが、今は別のことで顔を顰める他なかった。
「・・・・・・ぜってぇ落とす」
冬天を仰いで呟かれた言葉は、斎の鼓膜だけを揺らした。
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