除け者にしている

「あんた、神父なのに神嫌いなんだって?」

 規則的にリズムを奏でていた包丁の音が途切れる。しかし、それも一瞬、耳を澄ましていなければ分からないほどの刹那的なものだ。
 作業台に椅子を寄せて脚を組みながらジャガイモの皮を剥きつつ、言葉を投げかけてきたジンジャーブレッドは、問いかけてきた癖にどこか興味なさげで、食材を刻んでいたギルバートが無言を突いていても気にする様子もない。
 むしろ、厚く皮を剥き過ぎたジャガイモに対して「やばっ」と、小さく声を上げるほどだ。

「貴方に何の関係が?」

 ザクリ、という切断音が厨房全体へ行き届き、そして霧散する――それは、ギルバートの言葉に共鳴するように拒絶を表しているようにさえ思える。
 しかし、そんな空気の当たりもどこゆく風で、ジンジャーブレッドは自分のペースでジャガイモの皮むきに勤しんだまま最後に一つを剥き終わると、彼女は器用に芋を山盛りとなったザルへと放り入れた。

「関係あるだろ。ここは環境こそは整っているけど、息苦しくて堪らない」
「……、」
「だんまりか?他の奴らとは違って、あたしは黙らない。言いたいことは言わせてもらう」
「その『言いたい事』が、僕の神嫌い?」

 大鍋をお玉でかき混ぜる手を止めることなく、ギルバートは迷うことなく食材を入れていく――レンズ豆、マッシュルーム、トマト、人参、玉ねぎ、にんにく、生姜……最後に塩胡椒、そしてレモンをひと絞り。
 ぐつぐつと煮立つ音が室内を侵食し、空気は食事前の昂揚感などは全くなく重苦しさだけが募っていく。ギルバートもその空気に押されている筈なのだが、淡々と調理を進める――それこそ先ほど、質問を問いかけてきたジンジャーブレッドみたいに。

「……ああ、そうだよ。なんであんたに対してあんな腫物みたいにするんだ」
「腫物に見えたの?」
「見えたさ。あんたはあたし等のことを受け入れようとしていて、実はそうじゃない」
「……酷い言い方だね」
「酷いのはどっちだ?」

 人形……それこそ、ビスクドールのような綺麗な金色の瞳を揺らすことなくこちらを射抜くジンジャーブレッドに、ギルバードは一瞥を寄越して「これかき混ぜ」と、指示を飛ばした。視線は大鍋から、鮮黄色、そして次はジャガイモの山だ。軽く水洗いして、仕上げの洗浄を済ませてから次々と一定の薄さへとスライスしていく。

「それで?君はそれを聞いてどうしたわけ?」
「線引きするならちゃんとしろってことだ。いいか、警告だ」
「警告、ねぇ……」
 
 ザルいっぱいにあったジャガイモはどんどんなくなっていき、変わりに空のボウルに均一にスライスされたジャガイモが小山を作っていく。「いつまでかき混ぜればいいんだ?」と、いうジンジャーブレッドの問いかけに、ギルバートは鍋の中を確認したあと火を止めるように言付けた。スプーンでひと掬いして、口に含んで一拍――「うん」と、納得したようにギルバートは頷いた。どうやら、味が決まったらしい。
 完成したスープを新しい匙で掬っては、隣でその様子を伺っていたジンジャーブレットにそれを差し出した。

「はい、味見して」
「?、別にあんたが決めたんだから味見なんていらないだろ」
「今はこうやって僕と作っているけど、ゆくゆくは君もカフェで働いてもらうから。僕の味を覚えて」

 差し出されたスプーンをしぶしぶ受け取って、ジンジャーブレットは先程のギルバートを真似るように食べた――胡椒による軽度の辛みがきたあと、野菜の旨味、そして胡椒とはまた違うスパイシーな風味。角切りにされた野菜と水によって膨れたレンズ豆はお腹を膨れさせてくれそうだ。食欲を促してくれる微かな香辛料の香りに少しだけ濃い塩気……パンの付け合せにも良さそうな一品だった。

「美味い、」
「それは良かった。朝作ったパンがあるから、それを温め直してもらっていい?」

 再びジャガイモを切る作業に着手したギルバートの言葉に頷いて、ジンジャーブレットは作業台の上にあるパンを鉄板に並べ始める……今日の食事パンは、楕円型で大きめだ。
 此処にきて初めて見るパンにジンジャーブレッドは、小首を傾げつつもも霧吹きでパンへ水を掛けていく――此処では、冷えてしまったパンを温め直す時にワザと水分を付けて再びオーブンで少しだけ焼き上げるのだ。本当はしなくても良いらしいのだが、子供たちに温かい食事を提供したい、というギルバートの配慮らしい。というのは、召喚されて初めてこれを教わった時に彼の相棒的立場にいる食霊がこっそり教えてくれた事だった。

「『ヴァイツェンミッシュブロード』――ドイツのパンで、小麦粉とライ麦粉を同量配合した『ミッシュブロード』っていうパンがあるんだけど、その派生だと思えばいいよ。ヴァイツェンの方は、小麦粉の比率を多くしたパン。小麦粉を増やしたことでボリュームが出て少しだけキメが粗いけど、その分ドイツパン特有の酸味が抑えられているから、初めて食べても取っ付きやすい食事パンの一つだね」

 ギルバートは淡々と説明しながら大型のグラタン皿を取り出し、皿へバターを薄く塗りこむ。スライスしたジャガイモを次々と、皿の中へと少しだけ重なるように並べ……塩胡椒、チーズ、またジャガイモを並べて同じように塩胡椒とチーズを振りかけた。そこへ、あらかじめ合わせておいた牛乳と生クリームのアパレイユを流し込み、またチーズを振りかけた。
 
「これは『グラタンドフィノワ』……好きな料理の一つ、かな。これは焼成時間が掛かるけど、配膳している間に焼き上がると思うから。隣のオーブンは使っていいよ」

 開けられたオーブンは溜めこんだ熱を一気に放出させるかのように、乾燥しきった熱風をギルバートとジンジャーブレッドの頬へと当てつけた。微かに顔を顰めたジンジャーブレッドとは反対に、ギルバートは手早くグラタン皿をオーブンへと並べ入れ、すぐさまオーブンの扉を閉めた。タイマーをセットして、温度の確認を済ませる。
 ギルバートは、ズボンから懐中時計を取り出し、時間を確認している……懐中時計は、まじまじと見なくとも、ところどころ傷がついていて年代物だと直ぐにわかる品物だ。

「ちょうどいい時間帯だね。パンも焼いていいよ、オーブンの使い方はわかるよね?」
「あ、あぁ……」

 頷くジンジャーブレッドを一瞥して、ギルバートは腰に着けているエプロンを取り丁寧に折りたたむ。食器棚の引き出しから一冊の本を取り出しては、それをジンジャーブレットへと差し出した。

「なんだよ?」
「今まで、炊き出しやカフェに出した料理のレシピ。目を通しておいて損はないと思うけど?」

 受け取ったレシピ本は、付箋やら紙が挟まりずっしりと重い……慣れない感触の背表紙をジンジャーブレッドはゆっくりと手のひらで撫でた。

「それじゃあ、僕は先にテーブルの準備とかしてくる。グラタンのタイマーが鳴る前には戻るから」
「戻ってこなかったらどうするんだ?」
「オーブンを開けたままで、僕のこと呼びにきて」
「……、……」
「不満げな顏、カフェで働いてる時はその顔やめなよね」

 ギルバートは、はっと息を吐いて厨房の出入り口へと足を運ぶ……しかし、その歩みは扉の取っ手を掴む前にぴったりと止まった。怪訝そうにギルバートの背中を見つめるジンジャーブレッドは、無意識にレシピ本を持っている手へ力を籠める。ギルバートは「あぁ、」と何か思い出したのか、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「貴方が言った『言いたい事』の話だけど……『Hope for the best and prepare for the worst.』踏み込むのなら、それなりの覚悟をもってからがいいですよ――それこそ、どこかの誰かみたいに、ね」

 口元に微笑みを携えて、ギルバートは今度こそ厨房から外へ出る。
 余熱終了を知らせるオーブンの音を切って、ジンジャーブレッドはパンを並べた鉄板を入れていく――また、頬を撫でる熱風が煩わしい。手の甲でそこを拭ったが、胸の奥にある微かな引っ掛かりを拭いきれることはなかった。




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