カンタータの宝石_03
 はぐれてしまった。

 魔法薬に使う薬草を調達したく、食霊のカッサータを連れ市場まで出向いたものの人の波に押され気が付けば、あのやけに目立つ赤髪はどこにも見当たらず、手には薬草が詰められた紙袋しかない。あの長いマフラーを手綱代わりに持っていれば良かったか……と、カナタは一人ごちた。
 路の隅に寄り、これからどうするかを思案する――別にこのまま戻ってもいいのだが、そうなると次はカッサータを見つけに行かなくてはならない。そうなると手間が多くなる……聡明な彼のことだから、きっと冷静に状況を整理して此方を探している筈だ。
 ――だったら、僕はこのままの方がいいか。と、カナタは建物の壁に背を預け、ジッと行きかう人々を観察し始めた。

「貴女……」

 最初から、さして興味もない人の往路を見つめ続け何分経っただろうか、何度目かの溜め息を吐いたとき聞こえてきたのは涼やかでいて可愛らしい女性の声。じっと、カナタを見つめてくるその瞳はほの暗い海の色なのにその奥は、キラキラと輝いて『期待』というものを滲ませている。

「貴女、魔女ね!」
「いかにも、僕は魔女だが……」
「ふふ、嬉しいわ。此処にきて、未だに魔女に会えないから不思議に思っていたの」
「……君も魔女なのか?」
「魔女の様で魔女じゃない、でも恩恵は受けているから魔女なのかも?ねぇ、どこからが魔女なのかしら?願いを叶える?不老不死?猫さんとくだらないお茶会?ジャック・オ・ランタンとみんなでダンスパーティー?ふふ、でも私利私欲にまみれた方が私は好きだわ。それでこそ魔女っぽくなぁい?」

 カナタの前に現れた奇怪な少女は、クスクスと舌の上で笑い声を転がしてゆったりとカナタに近づき顔を覗き込む――飲まれてしまいそうなその瞳は、深海よりも底なしの沼の様だ。

「『アイドクレース』ね。素敵だわ、あなたにピッタリ。とってもその色が強いのね、でも私は貴女に『ハウライト』をプレゼントしたいわ」
「……さっきから宝石の名ばかり言うんだね」
「ふふ、好きなのよ。人の瞳って色んな物を見ているわ。喜怒哀楽、悲劇、喜劇、夢、恋、家族、憎悪、嫉妬、なんでも染まる何でも閉じ込めてる。宝石もそうよ、その一瞬のものを閉じ込めてる――ねぇ、貴女の瞳って本当に素敵ね」

 カナタを見つめ少女は、うっすらと蒸気していた頬は綺麗な桃色に染まる。少しだけ潤みを帯びた瞳の奥は、恍惚を確かに抱いていた。
 少女はゆっくりとカナタに手を伸ばす……異質なその雰囲気は、カナタの心中を息苦しくし不愉快さが募るばかりなのに何故だろうか。捕らえらている気分になるのは――

「その『アイドクレース』……私にちょうだい?」

 ――ばちん!と、乾いた音が響く。 
 少女はぐっと眉に皺を寄せ、自分で伸ばした手を振り払った人物を睨みつける。その人物は、カナタもよく知っている人物で、赤い髪から覗く額にはうっすらと汗が滲んでいた。

「――すまないが、俺の御侍に何か用か?」
「……『赤水晶』ね。嫌いだわ」

 払われた手を摩りながら少女は嫌々しく答え、カッサータへ強い視線を送るばかりだったが、ふと視線を外してはくるりと踵を返した。

「下僕さんが居るのなら興冷めね。また、どこかでお会いしたら二人っきりで会いましょ。さようなら、Doudounet.」

 カナタだけを視界に入れて、手を振った少女は、綺麗に微笑んで人の波を縫うようにして歩いていく――あっという間にいなくなったその可憐な後ろ姿は、夢物語みたいだった。
 「なんだったんだ?」と、呟くカッサータの横でカナタは「面倒なのに目を付けられた……」と、頭を抱えた。


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