16
いつもは意図して頭を上げていないと見ることのできない赤井さんの顔が今は私の正面にある。それが何を意図しているかというと、彼は私の前で頭を下げている。FBIきっての切れ者で組織のボスからも恐れられているほどの実力を持つ男が、ただの一人の女である私に対して頭を下げて、私の手を握り、そしてその手からもわかる。震えている。
「怒ってなんていません。だって、私知ってましたから。」
「あぁ。」
「赤井さんが、私の家族を殺したことも。組織にいた時それを命令されて組織内で名を上げて幹部に行くためにやっていたことも全部知っています。」
「それでも、お前の家族を手にかけたのは俺だ。」
「・・・だったらなんで、赤井さんがそんなに泣きそうな顔をしているんですか?」
「・・・。」
「泣きたいのは私の方ですよ。」
「すまない。」
そっと赤井さんの首に腕を回すと、赤井さんもそれがどういったものなのか理解してくれたようで私の背中に手を回してくれた。何十日ぶりに感じる赤井さんの温もりに、涙が出そうになる。
「許してくれとは言わない。だが・・・。」
「なんですか?」
「俺の前から消えないでくれ。」
大の大人が何に縋っているのだろう。私を抱きしめている赤井さんの腕に力がこもり、その隙間なんて全くないように感じるほどだ。
「あの時、お前が言った言葉をずっと調べていた。」
「はい。」
「お前がくれたミジェの本の最後。」
「はい。」
「全てを放って帰ってこない白鳥のように、何にも縛られずにただ大空を飛ぶような存在になりたい。私は、そんな姿のまま、あなたに・・・。」
「ずっと想われている事を信じてやまない。最後は折れた翼であなたの元に落ちていき、その生涯をあなたの腕の中で・・・あなたの腕の中で迎える事が、私の幸せ。」
「馬鹿か、お前は。」
「赤井さんならって思っていました。」
「死なせてなんか、やらんぞ。」
「・・かい・・・さ・・ん。」
「誄?」
「赤井さん、・・・赤井さん。」
考え出したら涙が止まらなかった。抱きしめられている感覚が徐々に私を侵食していく。私の目の前に今。ダイレクトに感じる赤井さんの温もりは、匂いは少しタバコくさいけど私の涙腺を崩壊するには簡単だった。堰を切ったように涙が溢れて赤井さんの服を濡らしていた。
「泣くな。」
「だって・・・、どんだけぶりだと思ってるんですか。」
「お前が俺を避けていたからだろう。」
「だって、赤井さんに会いたくなかったんですもん。」
「なぜ?」
「・・・会ったら。もうその次会えないような気がして。話しかけられたって何話していいかわからないし。」
女心とはかくも見事に四季の移ろいのようだ。
この間までは、厳重な武装を元に赤井さんと対峙し、さらには話すことなど何もないとその場を去っていったにも関わらず。あの時赤井さんが私のことを追ってきているという事実がもう涙無くしてはいられない出来事であった。あの後、安室さんと一緒に帰りどれだけ涙を流したことだろう。その度に安室さんには馬鹿にされる始末だし。「赤井は殺します。」と恋人の前でよくもまぁ、いけしゃあしゃあと殺人発言ができたものだと。そのことにもまた涙したものだ。
あれだけ会いたくないと言っておきながらいざ会ってしまうと離れたくないと感じている、今までの行動、言動は一体何だったのか。消えてしまいたい。
「あ・・・。」
「なんだ。」
「安室さんを待たせているんです、寝ているとは思いますが戻らないと。」
「・・・ん?」
「はい?」
「別の部屋だろう、朝に戻れば問題ない。」
「いや。」
「・・・ん?」
「だから、一緒の部屋なんですって。」
「・・・。」
私から離れた赤井さんは黒いバックを取り出して何やら物騒な顔つきで私の前に来た。そ
の手に持っているものに心当たりがある私は若干血の気が引いた。
「なんとなく分かりますけど、なんですかそれは?」
「・・・ライフルバックだが。」
「それ持ってどこに行くんですか?」
「安室君の、いや。降矢零君のところにだが。」
「ひえぇぇぇ。」
- 144 -
*前次#
ページ:
ALICE+